Black and White

『BLEACH』を愛して止まない男・ほあしが漫画の話をします。当ブログに掲載されている記事の無断転載を固く禁じます。寄稿のご依頼などはhoahoahoashi@gmail.comまでどうぞ。

伏線1 ~黒崎兄妹の名前~

 こんばんは。ほあしです。

 「はじめに」で申し上げた通り、今回から、『BLEACH』に隠された伏線と、その意味するところについて解説をしていきます。

 

 記念すべき最初のテーマは、「黒崎兄妹の名前」です。

 

 

 最初の記事にこのテーマを選んだのには理由があります。

 それは、このテーマについて解説することによって、「『BLEACH』の作者って、後々の展開とか考えずにその場の思い付きだけで描いてるんでしょ?」という世間一般の認識を、ある程度は払拭できるはずだと考えるからです。

 というのも、黒崎兄妹の名前には、物語が大きく進んでから登場したキャラクターやガジェットとの符合によって初めて見えて来る”秘密”があるからです。

 前置きはここまでとして、ひとまず解説に入りましょう。

 かなり長くなると思いますが、よろしくお付き合いください。 

 

 前提知識の整理

 はじめに、解説を理解するにあたって最低限必要な前提知識を整理しておきます。

 熱心な『BLEACH』ファンの方ならほとんど常識として把握しているであろう事柄ばかりですが、念のため。

 

  1. 黒崎一護・遊子・夏梨の名前は、すべてフルーツの名称が元ネタになっている。
  2. また、一護(イチゴ)という名前の象徴として「15」という数字が作中にしばしば登場する。
  3. 『虚』及び『破面』はスペイン語を使う。
  4. 滅却師』はドイツ語を使う。
  5. 『完現術者』は英語を使う。
  6. 『通常の人間』は日本語を使う。

 

 3,4,5,6についてこの場での議論の必要はないでしょう。主として各勢力の「能力の名前」のなかに、各言語のさまざまな言葉が作中に繰り返し登場しており、読者個人が辞書を紐解くことでその意味内容の検証は容易に為されるからです。

 

 1については一つ注意が必要です。

 一護の元ネタは苺、遊子の元ネタは柚子でよいのですが、夏梨の元ネタは、バラ科のカリンという植物です。果実酒の原料などとして馴染みのある果物です。実はマメ科にも同じカリンという名の植物があるのですが、そちらは黒崎兄妹の名前には関係ありません。

 こう断言する理由は、マメ科のカリンが一般にフルーツとは見做されていないからです。「夏梨一人だけがマメの名前をつけられた」と考えるよりは、「兄弟そろってフルーツの名前をつけられた」と考える方が、すんなり納得できると思います。

 

 また、2についてはいくつか具体例を挙げて確認しておきましょう。作中のキャラクターのセリフというレヴェルでの言及がほとんどないため、見落としていたり、目に留まっていても覚えていない、意識していないという可能性が考えられるからです。 

 

 具体例1:一護の部屋の扉にかけられたネームプレート

(『BLEACH』1巻 15頁 8コマ目)

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具体例2:一護の誕生日

(『BLEACH』1巻 188頁 キャラクターのプロフィール紹介)

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具体例3:『BLEACH』15巻 プレミアムコミックスカバー

(『週刊少年ジャンプ』2005年 新年3・4合併号特別付録)

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具体例4:一護のTシャツのプリント

(『BLEACH』48巻 202頁 2コマ目)

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具体例5:銀城空吾のセリフ

(『BLEACH』52巻 31頁 1~2コマ目)

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 これらの具体例は全体のほんの一部にすぎません。キャラクターのセリフとしてはっきりと触れられているのは、筆者の気づいた限りでは具体例5のシーンのみです。しかし、こうした度重なる描写から判断して、「15という数字が一護を象徴するものである」と考えることに異論はないものと思います。

 

 これらの前提条件を踏まえたうえで、黒崎兄妹の名前に隠された遠大な伏線についてお話ししていきます。 

 

名前を別の言語で読み替える

 結論を端的に言います。

 黒崎兄妹の名前は、「ある特定の言語で読み替える」という作業を経ることで、「ある文字列」が浮かび上がってきます。そしてその「ある文字列」を見れば、「『BLEACH』の作者って、後々の展開とか考えずにその場の思い付きだけで描いてるんでしょ?」という認識はある程度払拭されます。

 順番に見ていきましょう。

 

CASE 1:一護

 まず「一護」という名前を、虚や破面がつかうスペイン語で読み替えます。

「いやいや、人名にスペイン語もヘチマも無いでしょ、イチゴという名前の人がどこの国に行ったとしてもイチゴと呼ばれるでしょ」と思ったあなた、おっしゃる通りです。

 ですから、ここでは「一護」という名前そのものではなく、この名前を象徴する「ある数字」をスペイン語で読み替えます。そう、15という数字です。 

 15という数字を、スペイン語では”quince”といいます。発音としては「キンセ」というのが近いでしょうか。参考までにこちらのサイトなどもどうぞ。

 勘の良い方ならすでにお気づきかと思いますが、”quince”という文字列は、『滅却師(quincy)』という単語にほぼ一致します。相違点は最後の一文字だけです。

 

つまり、「一護」という名前そのものが、「彼が虚でもあり滅却師でもある」という隠された設定を包含しているわけです。

 

 前提知識の整理で「一護=15」という点に筆者がこだわっていたのはこのためです。

 

CASE 2:夏梨

 次に「夏梨」という名前を、完現術者がつかう英語で読み替えます。

 しかし夏梨という名前もまた一護と同様、英語圏だろうが日本語圏だろうがカリンと呼ばれるはずです。

 ですから、ここでは「夏梨」という名前そのものではなく、この名前を象徴する「ある植物」を英語で読み替えます。そう、バラ科のカリンです。

 バラ科植物のカリンを、英語では”Chinese quince”といいます。

 そう、一護と同じく”quince”という文字列が浮かび上がってきます。しかし惜しい。カリンは純然たる"quince"ではないのでしょうか?

 英名に”Chinese”という語を含まず、ただ”quince”と呼ばれる植物は他にあります。それはマルメロです。マルメロはカリンにごく近い近縁種で、その和名の一つとして「セイヨウカリン」という呼び名があり、また地域によってはただ「カリン」と呼ばれることすらあります。それくらい、カリンとマルメロ(=quince)は近い存在であるということです。

 また、カリンの学名である”Pseudocydonia sinensis”というラテン語は「中国由来の偽のマルメロ」というほどの意味になります。"Pseudo"が「偽の」、”cydonia”が「マルメロ」、”sinensis”が「中国の」という意味の言葉です。学名からも、カリンというものが「quinceによく似た別のもの」であることが明確に見て取れます。

 

つまり、「夏梨」という名前そのものが、「彼女が完現術者であり滅却師でもある」という隠された設定を包含しているわけです。

ただし、”Pseudocydonia(偽物のquince)”という名前である以上、彼女が滅却師の能力をそのまますべて受け継いでいるとは言えないようですが。

 

 「カリンはマメ科ではなくバラ科なのだ」という点に筆者がこだわっていたのはこのためです。

CASE 3:遊子

 「遊子」という名前を、いろいろな外国語で読み替えます。

例によって例のごとく、「遊子」という名前そのものではなく、この名前を象徴する「柚子」という植物を、です。

 しかし、スペイン語でもドイツ語でも英語でも、柚子は基本的に”Yuzu”としか呼ばれないようなのです。英語では他に"citrus fruit"や”Japanese citron”という呼び方もあるようですが、それ以外の名前は見当たりません。

 つまり「遊子」という名前は、基本的に日本語の”Yuzu”という言葉から変化しないということです。そしてこの事実を、一護と夏梨の例に倣って解釈すると、次のように言えるのではないでしょうか。

 

「遊子」という名前そのものが、「彼女は特殊な霊的資質を全く受け継いでいない通常の人間である」という設定を包含しているのだ、と。

 

遊子は黒崎兄妹の中で唯一霊感が弱く、ただの幽霊の姿も「ボンヤリとしか見えない」と自ら語っています(『BLEACH」1巻 14頁 1コマ目)。彼女が両親から霊的資質を受け継がなかったということの何よりの証明といえるでしょう。 

 

 前提知識の整理において、6のような自明の事柄を筆者がわざわざ挙げておいたのはこのためです。

 

まとめ ~黒崎兄妹の名前が暗示する「遠大な伏線」~

 これらの名前に隠されたメッセージから、ある重大な事実が導き出されます。

 

それは、「『黒崎一心・真咲夫妻が、死神・虚・滅却師・完現術者・人間の全要素を持ち併せた人物である』という設定が、『BLEACH』第一話の時点ですでに準備されていた可能性がある」という事実です。

 

これまで見てきたような、ほとんど暗号と言ってよいレヴェルで隠蔽された、黒崎兄妹の名前の秘密。

これらすべての意味づけを、「後々の展開とか考えずにその場の思い付きだけで描いてる」という状況下の「あとづけ」によって仕立て上げられるものでしょうか?

むしろ、「最初から設定の準備だけはしていて、準備通りに活かせそうだったのできちんと使った」という順序で考える方が、まだしも自然だろうと筆者は考えます。

 

今回の議論は以上になります。

最初に提示した、「『BLEACH』の作者って、後々の展開とか考えずにその場の思い付きだけで描いてるんでしょ?」という世間一般の認識に対して、それなりの根拠を伴った反駁を試みたつもりです。ご意見・ご感想などありましたらコメント欄までお願いします。

 

「伏線」とか「あとづけ」というキーワードが今回出たので、それに絡めて「ライブ感」という言葉の在り様についてもそのうちまとめたいですね。

次回のテーマが何になるかはまだ決めてませんが・・・。

 

ここまでお付き合いくださり、誠にありがとうございました。

それでは。

 

※本エントリの内容を補足するための記事を公開しました。

併せてお読みください。

前回の補足 - Black and White