伏線2 ~『斬月』の正体にまつわる描写~
こんばんは。ほあしです。
お久しぶりです。
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
今回は、〈千年血戦篇〉で明かされた「斬月のおっさんの正体は千年前のユーハバッハの魂の欠片であり、一護の内なる虚とユーハバッハは、実はどちらも『斬月』の片割れでしかなかった」という設定を、過去の描写を振り返って検証してみようと思います。
「斬月のおっさん」の正体は、一護の「死神の力」ではなく、「滅却師の力」の根源でした。『斬月』という名前だけでは、その正体を完全に言い表すには足りない存在だったのです。
この事実が明らかになった当初から、これはいわゆる「あとづけ」の設定ではないのかという疑義が散見されています。残念なことに。
しかしながら、 これまでに明らかになった情報を念頭に置いたうえで、過去に描かれた『斬月』に関係するシーンを改めて読み返せば、『斬月』が当初から「一護の内なる虚と内なる滅却師の力が融合したもの」として描かれていたのだということがはっきりと分かるのです。
おそらくこれは、
作品論1 ~伏線の扱われ方~ - Black and White
この記事でわたしが指摘した、「本編でその回答を描くまで、誰一人として気付いていなくても構わない伏線」だったのだろうと思います。その伏線の存在自体に気付けなかった読者にとっては、「種明かし」が「あとづけ」に見えてしまうのも無理のないことです。
今回は、そうした「ほとんど誰にも気づかれないまま知らずのうちに回収された伏線」を紹介することで、『BLEACH』を読む上での新しい視点を提供できたらと考えています。
例によって、作中の描写に沿って解説していきます。
前提知識の整理
前提として、以下の四点を念頭に置いておいてください。
前提1:ユーハバッハは滅却師である。
前提2:ユーハバッハは他人の魂を奪わなければ赤ん坊へと若返っていく。
これら二点については前回の記事で詳しく述べていますので、きちんと確認したい方はそちらをご参照ください。
前提3:一護の斬魄刀『斬月』の正体は、一護の「内なる虚」と「千年前のユーハバッハ」が融合したものである。つまり、彼らはどちらも『斬月』の一部である。
一護の斬魄刀『斬月』の正体は、一護の中の「内なる虚」と「千年前のユーハバッハ」が融合した、二刀一対の斬魄刀でした。この事実を知る以前の一護は、「斬月のおっさん=自分の斬魄刀『斬月』の姿」「内なる虚=浦原の手による虚化で自分の中に生まれた虚(=斬魄刀そのものとは無関係)」という認識でいたのですが、それは「千年前のユーハバッハ」が『斬月』を名乗っていたことに起因する誤解だったわけです。
前提4:一護の中の「千年前のユーハバッハ」は、一護の身を護るために、一護本来の力を抑え込もうとしていた。
一護の中の「千年前のユーハバッハ」は、一護を戦いから遠ざけその身を護ってやるために、一護が本来持っている霊的な力を抑え込んでいました。自分こそが斬魄刀『斬月』であると嘘をつき(少なくとも『斬月』の片割れではあるわけですから全くの嘘とも言えませんが)、『斬月』のもう一人の片割れである一護の内なる虚を「斬魄刀とは無関係なただの虚」であるかのように誤認させていたのです。
以上の四点を確認したうえで、一護の斬魄刀『斬月』がどのように描かれてきたのかを振り返ってみましょう。
『斬月』の正体にまつわる描写
「常に閉じた状態」
現世で一護が大虚(メノスグランデ)と相対したときの雨竜のモノローグです。これは一護の持つ莫大な霊力の正体について雨竜が個人的に立てた推測ではあるのですが、どうやらそれほど的外れではないようです。雨竜の見立て通り、なぜか「閉じて」いたらしい一護の霊力(雨竜の表現で言えば「水道の蛇口」)が、大虚との接触によって確かにこじ開けられ、その結果として大虚を一刀両断していますから。
では、そもそもなぜ一護の霊力は「常に閉じた状態」だったのでしょうか?
一護自身が無意識に抑えていたから? それとも一護の「内なる虚」の仕業?
筆者は、この「常に閉じた状態」の原因は、「一護の中の「千年前のユーハバッハ」が一護の力を抑え込んでいた」ことにあるのではないかと考えています。
前提4で確認したように、一護の内なるユーハバッハは、一護を戦いから遠ざけるために、一護の霊力を抑え込んでいました。まさしく「閉じた状態」に留め置こうとしていたわけです。しかし、大虚との接触によって、一護の斬魄刀のもう一つの片割れである「内なる虚」が覚醒してしまった。この大虚撃退シーンはそのように解釈できます。
「斬月のおっさん」のセリフ
朽木白哉との交戦で死神の力を失った一護は、力を取り戻す修行の過程で「斬月のおっさん(=内なるユーハバッハ)」と対話します。その中で内なるユーハバッハは、「大気中に無数に飛び交うこの霊子さえも、足下に固めれば踏み台とすることができるのだ」と言っています。かつて死神であったときの「勘」のようなものを思い出させる言葉として。
しかしこのセリフは、「死神の力を取り戻すためのヒント」としては明らかにおかしい。「周囲の霊子を集める」というのは、死神ではなく滅却師の戦い方なのですから。「斬月のおっさん」は死神よりも滅却師に近いものであるということが、この時点ですでに示唆されていたのです。
剣八戦での手助け
〈尸魂界篇〉で更木剣八に一度敗れた一護が、「斬月のおっさん」の助力を得るシーンです。何気なく描かれたものに見えますが、これらはどちらも、『見えざる帝国』の滅却師が持つ「影」と「血」を操る能力によるものです。「斬月のおっさん」の正体がユーハバッハだったからこそできた芸当だったわけです。この伏線については、『斬月』が二刀一対で完成されたときにしっかりと言及されていましたので、そのときに驚いた方も多かったことと思います。
また、「千年前のユーハバッハ」と「内なる虚」が二人で一人の存在である、という描写もこのときすでに為されています。
一護の精神世界で戦い方を指南してやった「内なる虚」が姿を消すシーンです。「内なる虚」の体が溶けて、「斬月のおっさん」の右足になって吸収されていきます。彼らは二人で一つの体を共有している、二刀一対の斬魄刀なのだということがここで示唆されています。
『月牙天衝』の発動原理
〈尸魂界篇〉の朽木白哉との決戦で、『月牙天衝』の名前とその発動原理が明かされました。「斬撃の瞬間に『斬月』が一護の霊圧を喰らい、刃先から超高密度の霊圧を放出することで、斬撃そのものを巨大化して飛ばす」というものです。一見するとどうということの無い能力に思えますが、 「他者の霊圧を喰らう」「超高密度の霊圧を放つ」というのは、どちらも「虚」と「滅却師」に共通する戦い方です。
つまり、一護の放つ超高密度の霊圧の斬撃『月牙天衝』とは、大虚が放つ『虚閃(セロ)』でもあり、同時に滅却師が放つ『神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)』でもあるのです。
一護の斬魄刀『斬月』の正体が「内なる虚」と「内なるユーハバッハ」の融合したものであるということを踏まえさえすれば、そのように考えることは何ら不自然ではありません。『斬月』の能力そのものが、この時すでにその正体を物語っていたのです。
「内なる虚」のセリフ
(25巻77,86頁)
〈破面篇〉での虚化修行で、一護は自身の精神世界に没入します。そこにいるはずだった「斬月のおっさん」の姿は無く、「内なる虚」だけが一護と対峙します。「斬月のおっさん」の行方を問う一護に対して、「内なる虚」は「俺が”斬月”だ」と言います。
曰く、「内なる虚」と「斬月のおっさん」は元々一つであり、どちらも一護自身の力なのだそうです。「内なる虚」の力が増大したことで体の支配権が移行し、「内なる虚」の姿に変貌してしまったというのです。
この「俺が”斬月”だ」という主張は、最初に読んだ時こそ突飛に思うかもしれませんが、前提3で確認した『斬月』の正体を踏まえて読めば何の不思議も無くなるのではないでしょうか。この「内なる虚」は、「内なるユーハバッハ」ともども間違いなく『斬月』の一部であり、一護自身の力であるのですから。ここにも『斬月』の正体のヒントがあったのです。
少年の姿をした『天鎖斬月』
〈破面篇〉の終盤、「最後の月牙天衝」を修得するために、一護は自身の精神世界に「卍解状態で」没入します。そこには少年の姿になった「斬月のおっさん」、もとい、『天鎖斬月』が待っていました。
みなさんも疑問に思ったはずです。なぜ「斬月のおっさん」が若返っているのか、と。その答えは、「斬月のおっさん」の正体はユーハバッハだから、です。
前提2で確認したように、ユーハバッハは、他者の魂や霊力を奪わなければ、やがては無力な赤ん坊にまで退行してしまう存在なのです。言い換えれば、「自らが保有する霊力を他者に分け与えることで、ユーハバッハは若返ることが出来る」ということです。
一護の内なるユーハバッハは、一護の斬魄刀の本来の力が発揮されないように抑え込んでいました。つまり、本来なら一護が自由に扱えるはずだった霊力を、ユーハバッハが奪い取って占有していたのです。しかし、「卍解」状態では「始解」状態よりも多くの霊力を一護に分け与えることになりますから、そのせいで一護の内なるユーハバッハは若返り、少年の姿になっているというわけです。
実際、〈千年血戦篇〉で描かれた幼い頃のユーハバッハの容貌は、『天鎖斬月』そのものです。
「俺達、一人だ」
同じく「最後の月牙天衝」の修行から。これまで繰り返し描かれてきたとおりの「私達は二人で一つである」「どちらも一護自身の力である」という旨を述べて融合し、「内なるユーハバッハ」と「内なる虚」両方の特徴を併せ持った姿になります。『斬月』という斬魄刀は彼ら二人の力を兼ね備えたものである、ということがここでもやはり見て取れます。
『斬月』が護りたかったもの
「最後の月牙天衝」修行が終わったとき、『天鎖斬月』は、「私の護りたかったものはお前自身だ」と、涙ながらに一護に言いました。その真意は、前提4で確認した通りです。
一護が死神となって力をつけていけば、いずれ目覚める「本物のユーハバッハ」が一護を殺すことになるだろうと「内なるユーハバッハ」は考えていたわけですね。本物のユーハバッハであればそんなことを躊躇うようには思えませんが、一護の魂の中に住む「内なるユーハバッハ」は、どうやら一護のことを本心から大切に思っているようです。「内なるユーハバッハ」もまた「一護自身の力」なわけですから、主を護ろうと思うのは当然なのかもしれません。
『斬月』の正体にまつわる描写の紹介は、以上です。
おわりに
今回の議論をまとめます。
一護の斬魄刀『斬月』の正体は〈千年血戦篇〉で突然明かされたかのように思われていましたが、実はそれを仄めかす描写や表現が、〈千年血戦篇〉よりもずっと前の時点から存在していました。
『BLEACH』における「誰一人として気づいていなくても構わない伏線」が見事に隠蔽されていたという具体例と言えそうです。
余談ですが、「『斬月』=虚の力と滅却師の力が融合したもの」という設定の痕跡がこれほど多くの描写に見られたということは、以前指摘した「黒崎兄妹の名前」に関する考察が、より説得力を高めたと言えるのではないでしょうか。手前味噌ですが。未読の方は是非ともご一読くださいませ。
伏線1 ~黒崎兄妹の名前~ - Black and White
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。
それでは。