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Black and White

『BLEACH』を愛して止まない男・ほあしが漫画の話をします。当ブログに掲載されている記事の無断転載を固く禁じます。寄稿のご依頼などはhoahoahoashi@gmail.comまでどうぞ。

『BLEACH』第642話「BABY,HOLD YOUR HAND 5[Eyes Are Open]」の感想・考察

BLEACH 考察 感想 ジャンプ

こんばんは。今週のロリネムちゃんが顔を押し付けて眠っているあの画用紙になりたい男、ほあしです。

今週のBLEACHの感想です。

 

BLEACH』第642話「BABY,HOLD YOUR HAND 5[Eyes Are Open]」

 やはりと言うべきでしょうか、ネムの過去が語られます。ロリネムちゃんめっちゃくちゃカワイイですね!!! 彼女はやはり「眠七號」という呼び方を気に入っていたんですね。たしかに「ネム」というのはあくまでもニックネームであって、彼女の真の名前はといえば、それは「眠七號」の方だと考えるべきだと思います。

 そもそも、「名前を呼ぶ」という行為自体が、『BLEACH』という作品の根幹に関わる重大なテーマのひとつです。このテーマの大元としてはおそらく聖書の「初めに言葉ありき」という観念が大きく関わっているのですが、死神と斬魄刀の関係や、零番隊の頭領・真名呼和尚の言葉を見ればこれは明白ですね。『BLEACH』の世界においては、「名前を呼ばれる」という過程を経ることで初めて「その名にふさわしいだけの力を得る」という不文律があるのです。名前と実存とが分かちがたく結びついている世界なのですね。だからこそ、真名呼和尚の斬魄刀『一文字』の「名前を奪う」という能力が強大な力を振るったり、更木が卯の花に勝利することで初めて本物の「剣八」になったりという表現が可能になっているわけです(わたしがキャラクターの名前にことさら注目して議論を展開することがあるのも、ひとえにこのテーマがあるからです)。

 ネムが「眠七號」という名にこだわるのも、このテーマとの絡みがあるのかもしれません。「ネム」という仮の名ではなく「眠七號」という真の名で呼ばれることを欲する彼女の姿は、持ち主に己の名前を知らしめ、呼ばわしめようとする斬魄刀のそれに重なって見えます。

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久保帯人BLEACH』13巻139頁)

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久保帯人BLEACH』19巻51~52頁)

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久保帯人BLEACH』37巻198~199頁)

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久保帯人BLEACH』63巻67,69頁)

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久保帯人BLEACH』64巻49,59~61頁)

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久保帯人BLEACH』67巻126~127頁)

 

 今週のタイトルは「BABY,HOLD YOUR HAND 5[Eyes Are Open]」です。括弧内のフレーズはそのまま「開眼」と捉えればよいでしょう。今週のネムの振る舞いそのものといった感じです。あるいはかつて涅が言っていた「起きたまま見る夢」という言葉を受けたものでもあるでしょう。

 先週の[When I am sleeping]という副題は、この”Eyes Are Open”というフレーズとつなげて考えるのがよいのかもしれませんね。「私が眠っているとき」「目が開いている」という二つのフレーズは、「起きたまま見る夢」をそのまま表しているように見えます。

 

 阿近とのやり取りの回想から、現在の尸魂界、隊長格らが旅立ったあとの十二番隊隊首室へ場面が移ります。技術開発局の面々が施設の修復に追われていたのですね。メガネの女性研究員・ニコ(苗字が「久南」! 白(ましろ)の親族なのでしょうね)が偶然「被造魂魄計画”眠”」の遺物を見つけます。ここで阿近が興味深い話をしていますね。胎児の段階まで成長した「眠五號」の技術を用いて斬魄刀を改造した結果生まれたのが『疋殺地蔵』だったとか。

 考えてみれば、『金色疋殺地蔵』の初登場時に披露した「涅の血液から造った致死毒を周囲に撒き散らす」という能力からして、あまりにも人工的な代物ではあるんですよね。「涅の血液から毒物を造る」という外部の行程を要する時点で、ひとつの武器として独立できていないわけですから。しかも涅は「毒の配合など一回ごとに変えるのが常識だヨ」とも言っていますから、人の手が加えられることをほぼ前提にして「設計された」能力であると考えられます。あの卍解初登場の時点で、すでに改造を重ねまくった後だったと考えるべきなのでしょう。改造を加える以前の、涅の「本来の斬魄刀」がどういうものだったのか非常に気になるところですが、さすがにもう見ることは叶わないのでしょうね。

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久保帯人BLEACH』15巻41頁)

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久保帯人BLEACH』34巻187頁)

 

 六度にわたる失敗の末、現在のネムこと「眠七號」が誕生したのですね。「眠七號」が「六號」の寿命を超えて期待以上に長生きしていることを涅が大いに喜んでいたというのが非常に印象的です。「娘」の息災を喜んでいたのか、それとも「実験材料」の長持ちを喜んでいたのか。少なくとも最初の時点では、どちらも半ばずつくらい含まれた複雑な喜びだったのではないかなと思います。貴重な実験のサンプルとして当然大事だし、娘としても大事に感じている、というところなのかなと。

 また、「被造魂魄」というネーミングにも注目しておきたいところです。「被造物」といえば、聖書宗教において唯一神ヤハウェの手で造られたもの全般のことを指す言葉です。ヤハウェはこの世界全体の創造者ですから、本来的にはヤハウェ自身を除く全てのものは「被造物」ということになるのですが、なかでも人間の手で生み出すことがきわめて難しい「生命」を特にこう呼ぶことがあります。涅の「夢」のくだりでも言っていることですが、涅は「無から魂を創造する」ことを目指していたのですね。生命の成り立ちに手を加えるような行ないはしばしば「神への冒涜」などと呼ばれることがありますが、涅のこういった挑戦は、神の特権と見なされている「生命の創造」を成功させることによって「神の特権を否定しようとする」、まさに彼らしい試みだと思います。「マタイ福音書」へのあやかりも、創造者である「神」に対する当てこすりのような部分があったのかもしれませんね。

 

 ここで先週のヒキの続き、涅のもとへ駆け寄る(ほぼ飛んでいますね)ネムの場面へ移ります。こうしてネムの過去の一端が描かれ、幼い彼女の生存と成長とを(どんな意味だったにせよ)涅は大いに喜んでいた、という話を聞かされたうえで現在のネムを見ると、その悲痛さがいや増しますね。普段の彼女にあるまじき力感にあふれた「溜め」の姿勢は、明らかに無茶をしているように見えます。

 「なぜ マユリ様は私を眠七號と呼ぶのをおやめになったのでしょう」と、幼いネムは阿近に訊ねています。涅は、己の「夢」を託した『眠』という名前を呼んでしまうことで、自分が「夢の中に居る」かのような幸せな気持ちでいるということをネムに感づかれるかもしれない、ということを恐れているんですね。涅が『眠』という名を呼ばないのは、自分は夢など見ていない、至って普通の生活の中にいるのだという精一杯の意地っ張りだったという感じでしょうか。そのつもりでこれまで涅がネムに行なってきた仕打ちを思い返すと、本当に恐るべきレベルで徹底した照れ隠しですが…。

 また、これを聞いたネムが「……私が無知なままだったら マユリ様は今も私を七號と呼んで下さったでしょうか」と問うていますが、この質問と現在のネムの状態とを見比べてみると、ネムの「使命感」の強さが窺えますよね。涅の夢の体現とは到底言えないような「失敗作」として自分が振る舞えば、涅はわざわざ「七號」という呼び名を避けるようなことはしなくなるのではないか。そのように考えたにもかかわらず、涅のために働くという「使命」を彼女が投げ出すことは無かったわけです。涅の「最高傑作」として。

 しかもこの「使命」は、涅の「命令」によるものではなく、まさに彼女自身が自らの意志で選び取ったものなんですよね(「命令はありません」という言葉をネム自身が言っています)。命令とは無関係に自ら戦いへ身を投じる現在の彼女は、涅から課せられた「成長」という使命を果たしながら、自ら見出した「涅を護る」という使命をも同時に実践しているわけです。「その成長を マユリ様をお護りする事でお見せできる」というネムの言葉は、そういう意味なのだと私は思います。涅を抱きしめているネムは微笑を浮かべています。幸福そのものといった表情です。

 そしてこのやり取りの中で涅が「お前の使命は成長だ!」と本音を漏らしてしまっているのも本当に最高すぎますね。それもネムが言った「涅を護る」という使命をわざわざ否定したうえでのことですから、事実上「自分の安全よりもネムの安全を優先する」という宣言に等しいわけです。いったいどれほどネムのことが大事なのかと。

 涅が口走った「屈辱だヨ」という言葉も、ここまでの回想を踏まえるとかなり多層的な意味合いが見て取れますよね。「ネムの成長こそが自分の喜びである」という本心をネムに悟られてしまっていること、大切な娘を犠牲にして自分は永らえようとしていること、単純に戦士としての不甲斐なさ、ネムが戦うことを認めるか否かの口論で言い負かされたこと、そういった諸々を全部含んだ「屈辱」なのだと思います。そして、これらすべての屈辱が他でもない「ネムの成長」によって齎されたものであるがゆえに、涅はこんなにも嬉しそうなんですね。

 

 復活したペルニダに単身立ち向かうネム。ものすごい躍動感・迫力ですね。自身の魂魄を切り離し、弾丸として撃ち込む『義魂重輪銃』。金属加工などに用いられる「切削」という語彙を持ち出してくるあたりに、彼女の「人造物」らしさが垣間見えます。「弾丸」という飛び道具の形態は滅却師や虚の戦い方を想起させるものがありますが、むしろこの戦い方はいかにも「死神」的なものだと思います。自身の内部から湧き出る霊圧を用いて戦うのが死神の戦い方ですから、まさにそれに則った戦術といえるのではないでしょうか。先にネム自身が涅に対して「死神としての肉体をくれた」とも明言していますし。

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久保帯人BLEACH』6巻111頁)

 

 復活した二本のペルニダについては、ひとまず両方とも仕留めたようですが、はたしてこれで勝利となるでしょうか。ネムの活動時間があと400秒ほども残っているらしいことを踏まえるとあともう一悶着くらいは起こりそうな気がしますし、そもそも少々破壊した程度ではダメージにならないらしいこともすでに明らかですし。霊王の肉体の一部であれば完全に「不滅」の存在だったとしても不思議ではありません。次週を楽しみにしておきましょう。


 また、このたびのネムの行動は、事実上、父親であるマユリからの独り立ち宣言に等しいわけですよね。これからは涅の命令によってのみ動くのではなく、自分自身の意志に基づいて「涅を護る」という使命を全うしていきますよ、という。これってつまるところ、父親との「訣別」そのものだと思うんです。子が親の手許を離れて自らの意志で自己決定権を行使する、ということですから、親離れ、訣別そのものでしょう。〈千年血戦篇・訣別譚〉の名に相応しいエピソードとなっていると思います。


 今週の感想は以上です。

 ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。

 それでは。