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Black and White

『BLEACH』を愛して止まない男・ほあしが漫画の話をします。当ブログに掲載されている記事の無断転載を固く禁じます。寄稿のご依頼などはhoahoahoashi@gmail.comまでどうぞ。

『BLEACH』第654話「Deadman Standing」の感想・考察

BLEACH 考察 ジャンプ 感想

こんばんは。ほあしです。

今週の『BLEACH』の感想です。

 

BLEACH』第654話「Deadman Standing」

 跳ね返された『神の喇叭』をその身に受けたリジェは、爆発四散して雨のように地上に降り注ぎます。完聖体の翼がばらばらになったときに羽毛の形状を取っているあたりなどはいかにも「天使」っぽいですね。

 京楽と七緒は、一旦休憩してから合流を目指すようですね。どちらも満身創痍というか、京楽などは胴体に風穴を空けられていますから、さすがに消耗しきっています。とはいっても、死神には「霊圧が大きい者ほど生命力も強い(≒大きな傷を負っても生存の可能性がある)」という特徴がありますから、ミミハギ様の加護を授かった浮竹と並び称されるほど莫大な霊圧を持つ京楽なら、戦線復帰も不可能ではないだろうと思います。

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久保帯人BLEACH』3巻167頁)

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久保帯人BLEACH』20巻143頁)

 

 今週のタイトルは「Deadman Standing」です。「死人、立つ」とでも訳せばよいでしょう。言うまでもなく、「死人」として復活した吉良イヅルのことですね。「死者の魂の復活」は「最後の審判」に際して起きるとされていて、護廷隊士のゾンビ化や、王悦に斬り伏せられた親衛隊の復活やその後の強靭な生命力など、それに類する描写はいままでにも何度もありましたね。「生と死の狭間を描く」という作品テーマとの絡みも含めた描写だと思われます。

 

 場面は『真世界城』での攻防から、地上の瀞霊廷に移ります。光り輝く雨となって降り注いだリジェですが、あれでもまだ死んでいなかったようですね。本当にしぶとい……そしてあざとカワイイ……。「ゆるん」のコマがちょっとずるいくらいカワイイです。

 そしてひとつ驚いたんですが、藍染は霊王宮へは渡らず地上に残っていたんですね。てっきり隊長格らとともに「門」をくぐったものと思い込んでいました。こうなると、京楽が藍染を地下大監獄から連れ出すときに言っていた「利害の一致」という言葉の意味が再び気になってきます。藍染にとっての利益とは「霊王に代わる新たな"神"となり、世界の秩序を創りなおすこと」だと思っていたんですが、だからといってそのために霊王宮へ渡る必要は特にないということなんでしょうか。

 京楽が藍染を引っ張り出してきた理由についても同様で、必ずしも藍染を決戦要員として期待していたわけではなく、別の理由があったのかもしれませんね。あるいは単に地上の留守を任せたかったというだけなのかもしれませんが。今後の展開を待つしか無さそうです。

 

 地上に降り立ったリジェが、無数に分裂した鶴かフラミンゴのような姿をとっています。フラミンゴについての文化的背景はちょっと分からないんですが、少なくとも鶴についてはアジア圏では瑞鳥と考えられていますし、とくに日本では「鶴は千年亀は万年」ということわざにもあるように、「長寿」を象徴する動物の代表格になっていますね。「鳥」であることだけは一貫しているようですから、あるいは最終的に不死鳥にでもなるのかもしれません。「不死」を自称するくらいですし。

 また、ここでリジェが「光輪(ハイリゲンシャイン)」という語を口にしています。響きから察せられるとおり、これはドイツ語で"Heiligenschein"と表記し、キリスト教における天使・聖人の頭上や背後から差す「後光」「光背」のことを指す言葉です。「稲田の後光」と呼ばれる自然現象の別名としてご存じの方もいらっしゃるでしょう。

 つまるところ、天使や聖人の神聖性を強調するために用いられる視覚的効果が、リジェからは失われたわけですね。リジェ本人も「天から堕ちて光輪を失うなんて まるで僕が罪深いかのようじゃないか」「神の力は失った」と明言していますから、まさしくいまのリジェは堕天した天使そのものです。

 

 自分を堕天させた京楽への怒りとともに瀞霊廷を破壊していくリジェですが、「死人」として復活した吉良イヅルがこれを止めます。個人的には、「孔に響くよ」という彼のセリフから、「胸に孔が空く(=命や心を失う)ことで大きな力を得る」というBLEACHのお約束を想起してしまいました。

 

 今週号巻末の目次コメントで久保先生ご自身もおっしゃっていますが、このたびの吉良の復活については、先日発売されたBLEACH公式ファンブック『BLEACH 13 BLADEs.』に書き下ろされた成田良悟先生の短編小説『Begining of the revive of Tomorrow』において大きく描かれ、同書収録の久保先生描き下ろし短編マンガBLEACH untold stories 520.5 "walk under two letters"』(これは単行本70巻の巻末にも収録)においても、吉良を復活させる施術の様子が少しだけ描かれています。

 ちなみに、今週のイヅル再登場については、成田先生もTwitter上でコメントをなさっています。イヅルの復活は久保先生が当初から想定していたもので、その初出を成田先生のノベライズ版に譲ったかたちだったという裏側が分かる貴重な証言になっていますので、気になる方はぜひ探して読んでみてください。

BLEACH 13 BLADEs. (ジャンプコミックス)

BLEACH 13 BLADEs. (ジャンプコミックス)

 

 

 一部分が単行本にも収録されているエピソードなのでかるく種明かししてしまうと、イヅルを復活させたのは涅マユリです。「見えざる帝国」第一次侵攻の際、イヅルをはじめとした三番隊の上位席官らは、バズビーと思しき滅却師の攻撃を受けて絶命しました。侵攻が終わってから、涅はイヅルの遺体と席官らの魂魄を回収し、イヅルの復活に充てました。これによって現在のイヅルは、隊長クラスの強大な霊圧と膂力・頑健さを与えられています。ノベライズのなかでは『侘助』の能力も問題なく使用できていましたから、いまの彼は「死人」でありながら、戦力としては申し分ないものを手にしているわけです。ここからの活躍を楽しみにしておきましょう。

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久保帯人BLEACH』56巻89,92,94頁)

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(『BLEACH 13 BLADEs.』234,251頁)

 

 以前にも別の記事で述べたことですが、成田先生による『ノベライズ版BLEACH』は、久保・成田両先生の打ち合わせによって今後の展開やさまざまな裏設定との整合性などをすり合わせて作られている、事実上の共同制作物に等しいものなんですよね。

 そもそも、原作中で描かれていなかった顛末や新たな事実について、メディアミックスを担当する作家の独断だけで描いてしまえるわけがなくて、そこには多かれ少なかれ原作者による情報開示やディレクションが存在すると考えるべきなんです。これは作家の能力の問題ではなく、原作に対する責任や権利の大きさの問題です。いくら公式のメディアミックスといえども、原作者の意向を無視して何もかも好き勝手書けるわけではないというのは、少し考えれば誰にでも分かることです。

 こういうごく当たり前の前提を無視して、「久保先生が回収できなかった伏線を成田先生がノベライズ版で回収してあげてる」などという悪意的な解釈・事実誤認がいまだに跋扈しているのは、個人的には大変悲しいことです。今回の成田先生のつぶやきを見て、こうした考えを見直すきっかけにする人が少しでもいてくれればいいなと思います。

 

 場面は再び『真世界城』に戻り、ジェラルド・ヴァルキリーと交戦する恋次たちのもとへ。

 いまのところは恋次白哉だけでもかなり圧倒できているようですが、『奇跡(the MIracle)』なんて聖文字を持っている相手ですから、ここから何が起こるか分かりません。しかも今回のジェラルドの口ぶりはかなり不穏なんですよね。彼のような人物が「我が貴様等に勝てば それは"奇跡"ということだ!」とわざわざ口にしたということは、「まさにそういう"奇跡"をこれから起こすぞ」という意味にしか捉えられませんからね。やはり「運命を操る」とか「幸運を引き寄せる」とかそっち系の能力のように思えます。これも次回以降を楽しみにしておきましょう。

 

 今週の感想は以上です。

 ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。

 それでは。