作品論6 〈千年血戦篇〉=ナチス・ドイツの世界侵略
こんばんは。ほあしです。お久しぶりです。
前回、前々回に引き続き、『BLEACH』のタイトルに込められた意味について、「白色人種による民族浄化を戯画化した物語」としての側面に注目しながらお話ししていきます。
今回は、現在もジャンプ誌上で継続中の終章〈千年血戦篇〉がテーマです。しかしなにぶん未完結のエピソードですから、現時点で可能な議論が限られているということを予めご了承ください。
〈千年血戦篇〉=ナチス・ドイツの世界侵略
〈千年血戦篇〉では、滅却師の軍勢『見えざる帝国』が尸魂界へ攻め込み、破壊の限りを尽くします。「白い装束の滅却師」が「黒い着物の死神」の領土に攻め込むわけですから、やはり”bleach”という言葉の意味に沿った物語になっています。
この物語の基盤には、「第二次世界大戦」があります。
前提知識の整理
例によって高校世界史のおさらいから。
20世紀半ば、国民社会主義ドイツ労働者党(通称ナチス)の独裁体制下にあった当時のドイツは、当時の日本及びイタリアと同盟を結んで世界戦争の火蓋を切りました。日独伊の枢軸国勢力と英米仏を中心とした連合国勢力とによる総力戦の結果、枢軸国側の敗北によって戦争は終結します。いわゆる「第二次世界大戦」です。
ナチス党は、党是としていくつかの思想を掲げていました。その中でも今回の議論において特に重要なのが「アーリア人至上主義」です。
「アーリア人至上主義」とは、いわゆる「アーリアン学説」及び「北方人種説」に基づいて展開された民族主義的な思想のことで、平たく言えば「ドイツ人こそが最も純粋なアーリア人の血を引く優れた民族である」という思想です(「アーリアン学説」「北方人種説」の詳細はこちら)。ナチスが強烈な反ユダヤ主義を掲げていたことは特に大きく知られていますが、ナチスは基本的にアーリア人以外の全ての人種に対して差別意識を持っていたと言われています。ナチスに言わせれば、ドイツ人以外の民族は全て、自分たちに支配されるよう運命づけられた「劣等民族」だったわけです。
そしてこの「アーリア人至上主義」を象徴するシンボルこそが、ナチス党の党章として有名なハーケンクロイツ(鉤十字)なのです。「卍」の図形は世界各地に様々な経緯を経て発祥していますが、ドイツ人考古学者シュリーマンがトロイの遺跡でこの図形を発見したことで「アーリアン学説」と結びつけられ、ナチスはこれを印欧語族共通の宗教的シンボルと見做して党のシンボルに採用しました。
戦後、ハーケンクロイツの図形はナチスの象徴として人々の記憶に刻まれたため、ドイツでは(学問的な理由以外で)公共の場でこれを掲示したり使用したりすることが禁じられています。また、ドイツ以外の国や文化圏でも、ハーケンクロイツを想起させるような類似の記号の使用については慎重な態度(使用中止or記号の変更)を求められることが多いという状況になっています(詳細はこちら)。
ここでは、「ナチス・ドイツはアーリア人至上主義を基盤にした純血主義的思想を持っていた」「ナチスの登場によってハーケンクロイツ(=卍の記号)を使用できなくなった」という二点を、ひとまず覚えておいてください。
『見えざる帝国』とナチス・ドイツの符合
すでに察しがついているかと思いますが、滅却師の軍勢はナチス・ドイツを戯画化したものです。〈千年血戦篇〉における敵役として登場した滅却師の軍勢『見えざる帝国』はドイツ語を多く使用していますし、『見えざる帝国』の登場以前から、石田雨竜・竜弦親子などはしばしばドイツ語の詠唱や能力を行使してもいましたので、「滅却師=ドイツ語を使うもの」という認識は概ね共有されているものと思います。
しかし、ただ「ドイツ語を使うから」というだけでは根拠として弱いですよね。以下に『見えざる帝国』=ナチス・ドイツ説の根拠となるような描写を紹介します。
根拠となる描写
〈千年血戦篇〉の序盤、尸魂界に攻め込んできた『見えざる帝国』の滅却師によって、何人かの隊長たちは自身の「卍解」を奪われました。これによって、元々は自分の能力であったはずの「卍解」を彼らは使用できなくなり、逆に相手の滅却師が我が物顔で「卍解」を行使します。
この状況、先ほど説明した「ナチスの登場によってハーケンクロイツ(=卍の記号)を使用できなくなった」という歴史的事実と重なって見えないでしょうか。「ナチス(=『見えざる帝国』)の登場によってハーケンクロイツ(=卍解)を使用できなくなった」のですから、ほぼ同じ構図と言えるでしょう。ナチス・ドイツがこの世界から「卍」の記号を奪ってしまったように、『見えざる帝国』は卍解を奪ったのです。つまり、ここでは「卍解」が「卍」という図形一般を象徴していることになるわけです。
ここで「卍解というネーミングにそこまでの意味づけがあるわけないじゃん。ただのオサレでしょ。こじつけ乙」と思われた方もいらっしゃるでしょう。こちらの画像をご覧ください。
〈死神代行消失篇〉の序盤、一護が完現術を初めて発現させたシーンです。”Swastika Break”というタイトルとともに、「卍」の図像を大きく描いたコマをほぼ扉絵のように扱っています。
”Swastika”というのは、「卍」という図形の英語での呼び名です。このシーンでは一護の卍解『天鎖斬月』の鍔と同じ「卍」型の霊圧が噴出していますから、”Swastika”という言葉が「卍解」のことを指しているのは明らかでしょう。このタイトルは「卍解発現」とでも訳せそうです。
このように、「卍解」のことを”Swastika”という「図形」になぞらえているということは、作者である久保先生は「卍」を単なる「文字」としてのみ扱っているのではなく、「図形」としての意味合いについても自覚的であるということの傍証になるでしょう。『BLEACH』における「卍」記号の意味についてはもっと詳しくお話ししたいのですが、完全に別の議論になってしまうのでまたの機会とします。
ともあれ、『見えざる帝国』による「卍解奪掠」がハーケンクロイツの使用禁止になぞらえられたものであるということはご理解いただけたでしょう。
2.血族に基づく差別主義
『見えざる帝国』の構成員に限らず、滅却師は「純血主義」的な価値観を有していることが多いようです。虚や死神のことを「邪なるもの」「悪虐の輩」と罵るシーンが複数あります。また、『見えざる帝国』の首領であるユーハバッハ自身が、「混血の者は”不浄”である」というだけの理由で混血統滅却師を抹殺してしまったというのが象徴的でしょう。「混血よりも純血の方が優れた存在である」という信念がはっきりと窺えます。
先ほど紹介したナチスの「アーリア人至上主義」も、「アーリア民族の血を”最も純粋な形で”継承している人種こそがドイツ人である(ゆえにドイツ人こそがこの世で最も優れた人種である)」というのがその思想の基盤ですから、どちらも「純血主義」的思想を持っていると言えそうです。
また、滅却師が「虚」に抱く強烈な敵意と「根絶」への執着は、ナチスの「反ユダヤ主義」を想起させるものがあります。前回の記事では「〈破面篇〉における虚=スペイン人」という話をしましたが、〈千年血戦篇〉においては、虚はナチスから迫害されるユダヤ人の役割を与えられているのかもしれません。
3.「帝国」という自称
ナチス・ドイツは、自国のことをしばしば「ドイツ第三帝国」と呼んでいました。これは、「神聖ローマ帝国、帝政ドイツという二つの帝国に続く正統国家である」という意味の呼び名です。「第三帝国」という言葉が、キリスト教神学で「来るべき理想の国家」を意味する概念として古くから用いられていたため、これにあやかった権威付けをしたわけです。
『見えざる帝国』という組織名にも同じ「帝国」という言葉が用いられています。また、『見えざる帝国』の滅却師たちの言動や能力名には、キリスト教との関連を思わせるものがしばしば見られます。
例えば『聖体』『聖隷』『聖別』といった言葉は全てキリスト教の信仰に深く関わる言葉です。また『滅却師完聖体』では大きな翼と頭上の光輪が現れることから、これは明らかに「聖書宗教」における「天使」をモチーフにしたものです。枕元にドイツ語版の「聖書」と思しき書物を置いている滅却師もいます。何より滅却師の首領であるユーハバッハ(YHWACH)の名前そのものが、「聖書宗教」における唯一神「YHWH(ヤハウェ・ヤーヴェ)」に由来しています。
このように、『帝国』という言葉が、「ドイツ第三帝国」としてのナチス・ドイツを意味するとともに、キリスト教における「神の国」をも意味しているわけです。
また、このように「滅却師=ナチス・ドイツ&キリスト者」と考えた上で、先ほどちらりと言及したように「虚=ユダヤ人」と考えてみると、滅却師が虚に対してとりわけ強い敵意を持っている理由がさらにはっきり見えてこないでしょうか。滅却師と虚の対立関係は、「ナチスとユダヤ人の対立」及び「キリスト教徒とユダヤ人の対立」という二つの対立関係をモデルにしたものと読むことが可能なのかもしれません。
4.全ての世界を舞台にした戦い=「世界大戦」
〈千年血戦篇〉では、現世・尸魂界・虚圏・霊王宮という、『BLEACH』にこれまで登場した全ての世界が戦いの舞台になっています。「いや、他の三つは分かるけど少なくとも現世は今回関係ないのでは・・・?」とお思いかもしれませんが、滅却師が尸魂界への妨害工作として現世に残した「世界の歪み」が、後の戦いの下準備として重要な役割を果たすという描写があります。〈千年血戦篇〉の冒頭では、滅却師が現世において依然として暗躍しており、技術開発局の面々がその対処に追われているという描写もありますから、現世もまた静かな戦場の一つであったと言えるはずです。
つまり『見えざる帝国』は、この世界の全てに対して戦争を仕掛けているわけです。「滅却師の王は9日間を以て世界を取り戻す」という言葉からも、この戦いが、尸魂界に限らぬ全世界を相手取ったものであるということがわかります。これを、世界中の大国を相手にナチス・ドイツが繰り広げた「世界大戦」になぞらえていると読むことは決して無理筋ではないと思います。
途中、少し話が逸れましたが、〈千年血戦篇〉=第二次世界大戦という図式について、これでご理解いただけたかと思います。自分たち以外のすべての人種を「劣等民族」と位置づけ、特にユダヤ人に対しては「根絶」まで画策したナチス・ドイツが、『見えざる帝国』のモデルになっているわけです。
おわりに
前回から続けてお話ししてきた、『BLEACH』が「白色人種による民族浄化を戯画化した戦い」である、という議論は以上になります。破面や滅却師といった、「世界を白く染め上げてやろう」と画策する勢力との戦いを描いているから、この作品は『BLEACH』というタイトルなんですね。
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次回は『BLEACH』における「太陽」というモチーフについてお話しするつもりです。今回途中で切り上げた「卍」記号についても、そこで併せて。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。
それでは。