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Black and White

『BLEACH』を愛して止まない男・ほあしが漫画の話をします。当ブログに掲載されている記事の無断転載を固く禁じます。寄稿のご依頼などはhoahoahoashi@gmail.comまでどうぞ。

『週刊少年ジャンプ』2017年19号の感想

こんばんは。ほあしです。

今週のジャンプの感想です。

 

◆『僕のヒーローアカデミア』No.133「追え切島」

 切島くんの必殺技『烈怒頼雄斗 安無嶺過武瑠』のお披露目回でした。これタイピングするのが面倒臭すぎるので今後はカタカナ表記でアレしたい。やってることは単純ながらビジュアルの格好良さで持って行かれちゃいました。ていうか、お薬を打ったあとの刃渡り10cm以下おじさん、切島くんの硬化を貫通してダメージを与えられるのはあまりにもヤバすぎる気がしますね。切島くんは必殺技開陳前でさえ銃弾を弾き返すレベルの硬さなわけですから。きちんと鍛えてれば普通に戦えるレベルの個性にできたのではという気がして、こういう「埋もれた人」がそれこそ掃いて捨てるほど存在するのがヒロアカの超人社会なんよなとあらためて思いました。

 で、そういう歪みを抱えた超人社会の理を破壊しようというのが死穢八斎會の目的で、そのために個性発動を制限する薬品を開発しているらしいという話だったわけですが、今回はそれに加えてさらに新しいお薬が登場していますね。刃渡り10cm以下おじさんが打った「"個性"をブーストするっつう薬物」です。これ、ヒロアカ本編でこそ今回が初登場ですが、古橋秀之別天荒人によるスピンオフ作品『ヴィジランテ』に当初から登場していた「個性因子誘発物質(イディオ・トリガー)(通称"トリガー")」のことですよね。このスピンオフ、時系列的には現状の本編から少し遡ったところ(少なくとも飯田くんの兄であるターボヒーロー・インゲニウムがまだ現役でヒーロー活動している頃)から始まっているので、その時点で存在している薬物は当然ヒロアカ本編にも存在しています。『ヴィジランテ』ではこの"トリガー"の出処はまだ明らかになっていませんが、今週の描写を見るにおそらくはこれも死穢八斎會によるものなんでしょう。本編に近々登場する予定の敵組織の一端をスピンオフで先出ししておいた的なアレなんだろうなと思います。気になる人は『ヴィジランテ』読んでみましょう。

 ところで切島くんの"個性"って、今のところは「硬さ」を前面に押し出した感じで描かれてる(「硬化」の個性だからそれで当然ではある)んですが、彼の「切島鋭二郎」という名前を見ると、硬さというよりはむしろ「切れ味の鋭さ」みたいなアレが強調されたネーミングに見えて仕方ないんですよね。実際めっちゃ鋭そうで、触っただけで肉とかスパスパ切れそうですし。このキャラ名と個性の微妙なチグハグが個人的に気になってて、「切島くんの個性は実は「切る」方向で使ったほうが輝くんだよ」的な転回が今後あるんじゃないかなあとぼんやり思ってます。今回相対している敵もちょうど刃物系ですし。

 

◆『鬼滅の刃』第57話「刃を持て」

 泣くでしょこんなもん。先週「炭治郎にとっての幸福は家族と過ごす穏やかな日常だけどそれはもう二度と手に入らないってことなんだよなあ~~~~~ッかァ~~~ツレえなあ~~~~~~」とか言ってたらまさにそれそのものみたいな内容がめちゃくちゃ丁寧にブッ込まれて死んでしまった。炭治郎の無意識領域が「無窮に広がる蒼空と水面」というのも非常に示唆的だなと思います。晴れわたった青空が広がっているという点には、鬼として生きることになってしまった禰豆子と、鬼殺の戦士になったことで世を憚る日陰者として生きざるを得なくなった自分自身の境遇とが念頭にありそうです。「日の光の中で 青空の下で」生きていけたら良いな、という願いが見えるというか。足元に水面が広がっているのは、やっぱり「水の呼吸」関係なのかなと。「無意識のうちに水の呼吸の"全集中・常中"ができている」ということの証だったりするのかも。

 水面に映る自分自身や背後に現れた父親など、ヒントっぽい情報をちょくちょくもらえていた理由も納得しました(ていうか今週の炭治郎パパ格好良すぎる)。人格が分裂しているとかそこまでのアレではなく、それこそ意識と無意識みたいな話なんですね。とはいえ、自分自身の中に潜む無意識の"本能"が呼びかけてくるという辺り、ちょっと『BLEACH』みを感じます。一護の内なる虚との対話とかね。あれは一護の内側にある闘争本能の塊みたいな部分がありましたから。やっぱこれ、ポスト『BLEACH』と呼ぶに相応しい作品だよなと思います。

 

◆『火ノ丸相撲』第140番「"活き"返れ!!」

 桐仁に続いて佑真も「自分自身の為に戦う」というのが軸になるようです。いままで「仲間のために、火ノ丸を日本一に連れて行くために」というのをモチベーションの中心に据えてきたことを思うと、明らかに流れが変わっている感じがあります。この決勝戦を各キャラクターの総決算的な扱いにしようとしている部分があるのかなという気がしますね。もしかして本当にこのまま終わるんでしょうか・・・。プロ編もやってほしい・・・。

 佑真が活き活きと楽しそうに相撲を取るの、これが初めてですよね。贖罪のためだけでなく、自分自身が楽しむために、自分が惚れ込んだ相撲という競技を通して「何者かになる」ために戦ってよいのだという心理的なブレイクスルーが起きたわけです。最後2ページの笑顔がめちゃくちゃ爽やかで最高ですね。第1話でやられ役として登場したド外道ヤンキーを仲間に入れてここまで爽やかに描ききってしまう川田先生マジですごすぎるなとあらためて思いました。これは勝ってほしいな・・・。

 

◆『左門くんはサモナー』第76話「左門くんは恥という概念がない」

 いつも通りにギャグてんこ盛りの左門くんでした。茨木童子初登場のときに「冷静に見たらめっちゃ危険な状況なのに、このめっちゃベタなヤンキー漫画そのものみたいな状況に巻き込まれちゃってること自体が面白くて笑いそうになる」という非常にメタいギャグをてっしーやネビロスに言わせるというのを見て強く思ったことなんですが、この漫画、基本的にはシリアスな状況や展開そのものを茶化しまくる作品なんですよね。メタ作品的・メタジャンル的な自己言及やあからさまなパロディといった、作品の虚構性・「作り物感」を強く際立たせてしまうような手法を頻繁に使ってきます。これ、あんまり下手にやると作品内で積み重ねたキャラクターの人間性に関わる描写まで「いつでも台無しに出来るウソんこの作り物」「本気で受け取るだけ無駄になる茶番」として処理されるようになってしまいかねないので、キャラ描写や人間関係の妙で魅せるタイプのストーリー漫画としてはたぶんかなり危険な手法なんですが、沼先生の場合はその辺りのバランス感覚とキャラクターの作り込み方がエグいので「ギャグとして茶化す描写はたくさんあるけどキャラクターの人間的な魅力はしっかり保たれている」というこの作品の魅力が成り立っているんだと思います。

 今週の冒頭、ネビロスと左門くんの戦いをしんみり生温か~く振り返ろうとするてっしーに対する左門くんの反応を皮切りに完全にギャグ時空に突入している(「僕がいつ泣いたってェ!?」「先週のジャンプで・・・」などというメタすぎるやり取りまである)わけですが、これなんかはまさに今言った沼先生のバランス感覚とかキャラ描写の丁寧さとかが典型的に表れているところだと思うんですよね。左門くん、どう考えても泣き顔を他人に見せて平気でいられるタイプではない(しかもその涙は"父との訣別"というプライベートも甚だしいやつ)ので、ああいう気の遣われ方をしたら絶対照れ隠しで逆ギレし始めるに決まってるんですよね。そういうところできちんと一貫性を感じられるうえに、てっしーが「先週のジャンプで・・・」とかメタいセリフをちらっと言ったとしてもそれはキャラクターの内面描写を破壊するようなタイプのメタ言及でもないので、キャラ描写に関しては「茶番」感がほとんど生じず、彼らのドラマに一喜一憂できるんだと思います。こういうメタ言及、言わせるキャラや踏み込みの深さを間違えると本当に驚くほど興醒めさせられてしまうことがあるので難しいんですよね。

 ベルゼビュートと左門くんがいよいよ対峙しますが、ベルゼビュートもまたマステマと同じく「左門くんと似た者同士」という線でアレするんですね。今回は「孤独」という部分で繋がっているようです。左門くんが悪神アンリ・マユを求めた最初の理由は「友達が欲しい」というその一点のみですし、召喚術士として途方もない鍛錬を重ねてきたのも「アンリに勝てるほど強くなったら友達と認めてもらう」という約束を叶えるためでした。いわば「孤独」は左門くんの行動原理の根幹ですから、ベルゼビュートとはほぼ鏡写しと言っていいですよね。何万年という単位の孤独を抱えている分、切実さで言えばベルゼビュートのほうがより大きいのかもしれません。まあだからってベルゼビュートに理があるとは全く思いませんけども。回復させてもらった上にアホほどハンデをもらってますが、それでも圧倒的にヤバそうなんですよね、ベルゼビュート。普通に秒殺されそう。ネビロスは「術士」だったからああいう召喚術合戦になりましたが、今回はどんな戦いになるんでしょうか。

 

 今週の感想は以上です。

 ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました。

 それでは。