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Black and White

『BLEACH』を愛して止まない男・ほあしが漫画の話をします。当ブログに掲載されている記事の無断転載を固く禁じます。寄稿のご依頼などはhoahoahoashi@gmail.comまでどうぞ。

『BLEACH』第664話「The Gift」の感想・考察

BLEACH 考察 ジャンプ 感想

こんばんは。ほあしです。

今週のBLEACHの感想です。

 

BLEACH』第664話「The Gift」

 引き続き、浦原・夜一vsナックルヴァール戦です。雷獣戦形の「1秒に48回変化する」という性質は、「無限のバリエーションで毎秒48回変化し続ける」という意味ではなく、「全48種の霊圧パターンを毎秒繰り返す」という意味だったんですね。前者の意味だと勘違いしていました。たしかにこういうことであれば、あれだけ激しい攻撃を受けたナックルヴァールが無傷のままなのも納得です。前回、夜一が特大の雷撃を浴びせてナックルヴァールを彼方へ吹き飛ばしていましたが、おそらくあのときに彼は完聖体を解放していたのではないかなと思います。吹き飛ばされた瞬間のナックルヴァールは周囲に夜一の霊圧を帯びたままの状態でしたから、免疫獲得のための"摂取"が可能だったのだと思います。

 また、「『神の毒見』は毒の変質に適応する」とナックルヴァールはあっさり言っていますが、これ、あまりにも凄まじい特性ですよね。ベースが同じであるかぎり無効化できるということは、「霊圧による攻撃を一度受けた相手であれば、それ以降全ての攻撃を無効化できる」ということです。これは浦原とて例外ではないはずですから、いよいよもって倒す方法など無いように思われます。

 

 今週のタイトルは「The Gift」です。定冠詞theがあるので明らかに英語ですが、ドイツ語の"Gift(贈り物・毒)"に掛けたタイトルですね。今回登場した"猛毒の指輪(ギフトリング)"などはいかにも贈り物っぽい名前になっていて皮肉が利いています。

 

 ナックルヴァールが用いた"猛毒領域(ギフトべライヒ)"ですが、本人の言うとおり、毒を浴びせた相手を絶対に逃がさないようにするためのものですね。いままで使っていなかったのを見ると、完聖体でなければ使えないのかもしれません。そもそもが毒で弱っている相手に対するダメ押しとして使うもののはずですから、本当に「念のため」に使う技なのでしょう。逆に言うと、ナックルヴァールがそれだけ浦原を警戒しているとも言えそうです。「未知数の"手段"」の持ち主として特記戦力に加えられた相手ですから当然の話です。

 ところで、ナックルヴァールの完聖体のデザインについてなんですが。線と円を組み合わせたこのデザインに感じていた不思議な既視感は、「星座」に似た雰囲気を感じていたからなのかなと思い至りました。"猛毒領域"を展開した瞬間のコマなどは特に、いわゆる星図にかなり近い絵になっていると思うんですよね。そこはかとなく感じていた宇宙人っぽさもこれが原因だったのかなーと。だからなんだって話ですが。

 

 ユーハバッハへの忠誠心と興味についてナックルヴァールが話していますが、たしかに、いままでのナックルヴァールの言動を見ていると、さほど強い忠誠心があるようには見えないんですよね。戦闘中にちょくちょく食事休憩とか取っちゃうくらいふざけた戦いぶりでしたし、霊王を吸収した後のユーハバッハに対してビビりまくっていましたし。ポメラニアンの倍ほども」と本人は言っていますが、まあ半分は冗談なのではないかと思います(ポメラニアンは飼主によく懐く犬種として知られています)。

 この一連のセリフで気になったのは、やはりユーハバッハの目的です。「世界を3つも潰してその後に何かを創ろうとしてる」という。「何か」としか言わないんですよね、ナックルヴァールは。これまでのユーハバッハ周辺のセリフから判断するに、その「何か」とはやはり「真の世界」ということになる(だからこそ自らの居城に『真世界城』という名付けた)と思うんですが、少なくともナックルヴァール個人にとっては、その具体的な想像図みたいなものは無さそうに見えます。「目的を知っていてもなお想像すらつかないような世界」とは一体どんなものなのでしょうか。

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久保帯人BLEACH』69巻113頁)

個人的には、

まあこういうことなのかなと思ったりしてるんですが。

 

 あと、「真の世界」という用語の元ネタとしては、いわゆる「グノーシス主義」の思想があるのだろうな、とも。その内容を平たく言うと「いま我々が生きているこの物質世界は偽の神が創りだした「悪の宇宙」であって、真の神が創りだした霊的世界である「善の宇宙」が本当はどこかに存在するのだ」という世界観を有する信仰です。藍染やユーハバッハが掲げている「偽の神である霊王を廃して新たな世界を創る」という目標にきわめて近いですよね。こうした世界観は一般に「反宇宙的二元論」と呼ばれ、「善と悪、真の神と偽の神、また霊と肉体、イデアと物質」といった概念が対立項として扱われています。「尸魂界」という霊的世界と「現世」という物質的世界とが並存している『BLEACH』の設定や、これまで作品内で描かれてきた、あるいはいま描かれている諸テーマと非常に親和性の高い概念ばかりですよね。ついでに言うと、グノーシス主義を象徴する紋章は「太陽十字」とまったく同じかたちの図形だったりします。

グノーシス主義 - Wikipedia

 こんな感じで、おそらくは『BLEACH』という作品を考えるうえで外せない思想なのですが、記事としてまとめるタイミングをなんとなく掴めないままだったのでここにざっくり書いてしまいました。また改めてまとめるかもしれません。

 あと、これは本当にどうでもいいことなんですが、ユーハバッハへの忠誠心とか何を創るのか見てみたいとかの話をしているときのナックルヴァールのセリフ回しが、ヒップホップのMCバトルみたいに見えて仕方ありませんでした。このくだりは語尾がちょっとしつこいくらい「無ェ」「~~か?」の連続だったので、もうライムをキメているようにしか見えないんですよね。それもこれも全て『フリースタイルダンジョン』とかいう今期覇権アニメによるミーム汚染のせいです。みんな観ましょう。

 

 閑話休題

 

 ナックルヴァールの問いかけに対して否と応える浦原。浦原がおそらく初めて口にした「科学者」としての言葉です。涅のことを引き合いに出していますが、たしかに涅なら「見たことのないもの」という時点で誰の手によるものかなどは大して気にせず見たがりそうなんですよね。その点、じつは浦原は涅以上に負けず嫌いというか、プライドが高いのかもしれません。彼と互角以上に張り合える知性や発明力の持ち主がいないからそれを見せる機会がなかったというだけで。

 ナックルヴァールが放った"猛毒の指輪"によって、浦原の右目が"即死"させられます。能力の一点集中による部位破壊といった感じでしょうか。やっていることとしては、ザエルアポロが雨竜・恋次・涅に対して使用した「人形芝居(テアトロ・デ・ティテレ)」に似ているように思います。部位ごとにチマチマ潰していくしかないというあたりがそっくりだなと。科学者対決のリフレインがここでもやってくるんでしょうかね。

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久保帯人BLEACH OFFICIAL CHARACTER BOOK 3 UNMASKED』148頁)

 

 こうして追い詰められた浦原が、ついに卍解『観音開紅姫改メ(かんのんびらきべにひめあらため)』を解放します。浦原の背後に巨大な女性が出現していますね。簡素な衣服・派手な結い方の髪型・女性という特徴から、やはり菩薩像をイメージしているのかなと思います。肩と肘の関節部分をよく見ると、人形のように不自然な人工的な切れ目が入っているように見えます。あくまでも観音菩薩を模した仏像であって、菩薩そのものではないということでしょうか。

 パッと見では『金色疋殺地蔵』や『黒縄天譴明王』のような召喚タイプの卍解ですね。始解状態ではどうも「血」に関わりのある斬魄刀だったようなんですが、卍解だとどうなんでしょう。正直、こういうブッ飛びまくったデザインの斬魄刀の場合、見た目だけをヒントに卍解の能力を紐解くのはほぼ無理なんですよね。あまりにも意味不明すぎます・・・。

 

 というわけで、目下の勘繰り材料として名前に注目してみると、「観音開」というのはいわゆる両開きの扉のことですよね。観音菩薩像を収める厨子の扉にこの形が多かったことからこの呼び名が付いたので、観音菩薩信仰と関わりがあるのかなという点はとりあえず頭の隅に置いておきたいですね。この線で考えたときにナックルヴァールに刺さりそうな特徴としては、「普門示現(ふもんじげん)」と呼ばれる信仰が挙げられるのかなと思います。

 観音が世を救済するに、広く衆生の機根(性格や仏の教えを聞ける器)に応じて、種々の形体を現じる。これを観音の普門示現(ふもんじげん)という。法華経「観世音菩薩普門品第二十五」(観音経)には、観世音菩薩はあまねく衆生を救うために相手に応じて「仏身」「声聞(しょうもん)身」「梵王身」など、33の姿に変身すると説かれている。

観音菩薩 - Wikipediaより引用)

 早い話、観音菩薩は相手に合わせてめっちゃ色んな姿に変身できますよ」ということです。観音菩薩とはそういう神様だと考えられているという話です。ナックルヴァールは今回「毒の変質に適応する」という話をしていましたが、「その適応力では対処できないくらい根本的に別物へ変身してしまう」ということであれば、彼の免疫を破れることもあるかもしれないなと思います。

 

 「紅姫」というのは始解の名前でもあるわけですが、元ネタとしてありえそうなものといえば、やはり菅原道真の娘でしょうか。平安時代菅原道真太宰府へ下ったときに共連れにしたとされる娘の名前が「紅姫」といい、福岡県には紅姫を稲荷神として祀った神社や供養塔があるそうです。

 また、菅原道真本人についてもひとつ気をつけておきたいことがあります。彼は今でこそ至誠・学問・厄除けの神として祀られていますが、本来は朝廷に祟りをなす怨霊と見なされたことから「雷神」として祀られたのがその信仰の始まりです。そもそも本邦における天神信仰の「はしり」が菅原道真公による祟りですからね。さて、「雷神」といえば、夜一の「雷神戦形」です。「雷神としての菅原道真」と「紅姫」というかたちで何か繋がるところがあるかもしれません。浦原は昔、テッサイとともに四楓院家の屋敷で世話になっていたようですから、その辺りの縁についても言及される流れになるかも。というわけで、菅原道真と紅姫の逸話を紐解いてみるのも面白いかもしれませんが、紅姫という人物については詳細不明な部分が多いようなのであまり収穫は望めないかなとも思います。あくまでも「菅原道真の娘」としてのみ有名なようです。

菅原道真 - Wikipedia

天神信仰 - Wikipedia

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久保帯人BLEACH』36巻172頁)

 

 最後に「改メ」についてですが、これは歌舞伎や落語などの伝統芸能の世界で、芸人が名跡を継いで名を変えるときに使う言葉ですね。

 ところが浦原の卍解の名は「紅姫改メ」までで終わっていて、そこに続く新たな名前が見当たりません。だとすると、卍解の能力にいくつかバリエーションがあって、それぞれに見合った異なる名前がある」みたいなことかなという予想は立てられそうです。これなら観音菩薩の普門示現ネタとも繋がりますね。というわけで『観音開紅姫改メ』の予想、思いのほか綺麗にまとまった感が。名前だけでも考えようはあるもんですね。

 

 今週の感想は以上です。

 ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。

 それでは。