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Black and White

『BLEACH』を愛して止まない男・ほあしが漫画の話をします。当ブログに掲載されている記事の無断転載を固く禁じます。寄稿のご依頼などはhoahoahoashi@gmail.comまでどうぞ。

『BLEACH』第653話「The Theatre Suicide SCENE 7 "簪二つ 影一つ"」の感想・考察

BLEACH 考察 ジャンプ 感想

こんばんは。ほあしです。

今週のBLEACHの感想です。

 

BLEACH』第653話「The Theatre Suicide SCENE 7 "簪二つ 影一つ"」

 冒頭は京楽の回想ですね。兄夫婦が風車の簪を持つようになったときのことです。これ、やはり夫婦で一本ずつ分けあって持っていたんですね。二本で一組になっている簪が、京楽の兄の形見であると同時に七緒の母の形見でもある、ということの理由が明らかになりました。

 このやり取りを京楽は目の前で見ていたからこそ、この簪がどれほど大事なものか、それを託されるというのがどれほど重大なことかというのが身に沁みて分かった部分もあるのでしょうね。

 あと、これは完全に余談ですが、七緒の母が簪を差す仕草、性的な意味ですごくドキッとします。女性が髪をいじるさまというのは、別に大事な部分が見えてるというわけでもないのに非常にセクシーに感じられます。何なんでしょうね、この現象。「身だしなみを整える」という行為自体に含まれるプライベートな感覚とかですかね。

 京楽兄弟、普通に仲が良さそうに見えますが、どうも兄のほうは、かつてはもっとキツい性格だったようですね。それが七緒の母との結婚を機に軟化したということなのでしょう。見るからに穏やかそうな人ですからそれも納得です。京楽からしてみれば、七緒の母は家族との絆を繋いでくれた女性ということになりますから、そういう意味でも強く感謝しているのかもしれません。

 

 七緒の母の髪と京楽の兄の手許にそれぞれ一本ずつ残った簪を京楽が二人から別々に託され、いまは二本揃えて使っているという事実をあらためて示しつつ、"簪二つ 影一つ"というサブタイトルを挿入してくるこのカットのつなぎ方、ちょっと堪りませんね。

 このように見せられることで、京楽が簪を二本揃えて使っているのが「伊勢の呪いのせいで添い遂げられずに終わってしまった兄夫婦への弔い」のように見えてきます。「Theatre Suicide」の文字を囲むように配された白い枠線が簪のかたちになっているのも本当に素敵です。

 さらに言えば、京楽が『狂骨』のなかに隠していた『神剣・八鏡剣』を七緒に託したこと自体が、二本一組の簪を一本ずつ持ちあった兄夫婦のさまをリフレインしているようにも見えます。

 京楽の卍解のモチーフが「心中物」なのも、彼の兄夫婦がすぐに死別してしまい、添い遂げることができなかったというのが影響しているのかもしれませんね。この回想のなかだけでも、ほとんど執拗なほどに「松の木」が描かれています。『花天狂骨枯松心中』は、兄夫婦が死別することなく寄り添いあって最期を迎えるさまを幻視したものなのかもしれません。それが斬魄刀能力に現れた結果として「心中」というモチーフに収まったのだとすると、ロマンチックなような悪趣味なような、なんとも複雑なところではありますが、少なくともわたしはすごく素敵だなと思います。京楽が兄夫婦をどれほど大事に思い、その幸福を願っていたかというところも見えてきますし。

 また、こういうきわめてプライベートな意味を含んだ卍解だったのだとすると、浮竹の「こんな人目につく場所で使うもんじゃない」というセリフにもまた違う意味合いが出てきますね。京楽の個人的なトラウマを衆目に晒すに等しい行為になりますから、無二の友人としては、そうホイホイ使うなと言ってやりたくなるのも頷けます。

 

 あと、"簪二つ 影一つ"についてすごく気になっていることがあります。このサブタイトルの両サイドに付随している約物なんですが、左側は「〝〟(ノノカギ)」で、右側は「“”(ダブルコーテーション)」になっていますよね。つまり二種類の約物を混用してしまっています。さすがにこれは写植のミスだろうと思う(少なくとも約物をこういうふうに使う合理的な理由はちょっと思いつかない)んですが、最近の『BLEACH』では写植に関係するミスが本当に多くてちょっと悲しくなりますね…。

 たとえば第599話で『物貫通』が初登場したときには『物貫通』になっていたり、第620話でユーハバッハが言った「霊の右腕」というセリフが「霊の右腕」になっていたりと、迂闊としか言えない写植ミスが頻発しています。ジャンプ漫画のセリフの写植作業は完全デジタル化して久しいと聞いていますが、もう少し慎重に作業してほしいものだなと思います。

 

 場面は現在の戦闘に戻ります。リジェの左腕を吹き飛ばしたところですね。七緒にとっては初めてとなる「刀を使った戦闘」に、彼女は恐怖しています。霊術院でも剣術指南などはあっただろうと思いますが、訓練と実戦とでは感じ方がまるで違って当然ですしね。彼女は基本的に鬼道一本で戦ってきたようですから、実戦では刀による切った張ったの経験がなかったのでしょう。逆に言えば、斬術が必要ないほどに鬼道の腕前が優れていたのだとも言えそうです。

 痛みと恐怖に慄く七緒のモノローグには、このマンガにおける「恐怖」描写の類型がそのまま表れているように見えます。「足が動かない」という現象がまさにそれで、これまでにも「恐怖」について言及するシーンではほぼ必ず描かれてきたものです。

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久保帯人BLEACH』17巻147頁)

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久保帯人BLEACH』44巻145頁)

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久保帯人BLEACH』57巻37頁)

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久保帯人BLEACH』63巻144頁)

 本作における「足が動かない」という現象は、恐怖に竦んで身動きもできなくなっていることを端的に表しているものです(今回の場合は両足ともに負傷させられているからという理由も当然あるでしょうが)。京楽が影から這い出て七緒に寄り添ってやったのは、彼女の心が恐怖で折れそうになっていたまさにその瞬間だったわけですね。おそらく死神の全てを「罪深い」ものと考えているらしいリジェは、こういう事情を全く斟酌しようとしませんが。

 ここで京楽が言った「僕が後ろで支えるから」という言葉は、おそらく〈尸魂界篇〉での七緒のセリフをリフレインしたものだと思われます。かつて七緒から京楽へ向けて言われた「後ろから支える」という意味の言葉を、今度は京楽が七緒に返しているわけですね。

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久保帯人BLEACH』16巻163頁)

 七緒はいまも変わらず「隊長を支えるつもり」でいるようですから、「これからは京楽と七緒が互いに互いを支えあって生きていくのだ」という構図があらためてはっきりと提示されましたね。京楽が『神剣・八鏡剣』を七緒に返したときのやり取りをも同時に反復していることになります。

 

 また、リジェが創りだした巨大な光のラッパ『神の喇叭(トロンペーテ)』についてですが、お察しのとおり、この”Trompete”という単語はドイツ語において「喇叭」「トランペット」を意味する言葉です。ではなぜここで喇叭が出てくるのかといえば、最後の審判」のなかに「天使が喇叭を吹き鳴らす」というくだりがあるためと考えられます。ひとまずそのくだりの大まかな概要だけ、以下に引用しておきます。

 七人の天使がラッパ(トランペット)を吹く(8章6節-11章19節)
第一のラッパ:地上の三分の一、木々の三分の一、すべての青草が焼ける (8:6-7)
第二のラッパ:海の三分の一が血になり、海の生物の三分の一が死ぬ (8:8-9)
第三のラッパ:にがよもぎという星が落ちて、川の三分の一が苦くなり、人が死ぬ (8:10-11)
第四のラッパ:太陽、月、星の三分の一が暗くなる(8:12-13)
第五のラッパ:いなごが額に神の刻印がない人を5ヶ月苦しめる(9:1-12)
第六のラッパ:四人の天使が人間の三分の一を殺した。生き残った人間は相変わらず悪霊、金、銀、銅、石の偶像を拝んだ(9:13-21)
天使に渡された小さな巻物を食べた。腹には苦いが、口には甘い(10:1-11)
二人の証人が殺されるが生き返る(11:1-14)
第七のラッパ:この世の国はわれらの主、メシアのものとなった。天の神殿が開かれ、契約の箱が見える。(11:15-19)

ヨハネの黙示録 - Wikipediaより引用)

 キリスト教における「喇叭」とは、神による魂の選別である「最後の審判」をある種象徴するものなんですね。『見えざる帝国』=キリスト教的宗教団体、〈千年血戦篇〉=「最後の審判」という見立てについては、以前から言及しているとおりです。

 

 そんなわけで、「最後の審判」そのものを形にしたかのような攻撃をリジェは仕掛けてきますが、『神剣・八鏡剣』はまさにそういう力を弾き返すためのものですから、その力はリジェに跳ね返されてしまいました。伊勢の斬魄刀が「神の力への干渉にのみ特化した斬魄刀」だったからこそ勝ち得た「能力相性の勝利」であって、たぶん『神剣・八鏡剣』以外では斃せない相手だったのではないかと思います。一護藍染みたいに半ば「神」に近い存在になっているキャラクターなら、もしかしたら互角に張り合えるのかもしれませんが。

 思えば、彼の完聖体の『神の裁き』という名前自体、「最後の審判」をそのまま言い換えたものになっていますね。『BLEACH』という作品におけるリジェの役割は、「この戦いが『最後の審判』の戯画化である、ということを誰が見ても分かるように示すこと」だったのかもしれないなと、ふと思いました。

 

 京楽・七緒vsリジェ戦が終わったわけですが、ここから誰に焦点が当たるでしょうか。戦闘の推移を描くという意味で真っ正直に考えれば、まあジェラルドと会敵した平子たちになるのかなと思うのですが、単独行のために動向不明の雨竜とそれを監視しようとするハッシュヴァルトも気になりますし、一護と会敵したナックルヴァール周辺がどうなっているのかも気になります。まあ考えても詮無いことなので、次回を楽しみに待ちましょう。

 

 今週の感想は以上です。

 ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。

 それでは。