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Black and White

『BLEACH』を愛して止まない男・ほあしが漫画の話をします。当ブログに掲載されている記事の無断転載を固く禁じます。寄稿のご依頼などはhoahoahoashi@gmail.comまでどうぞ。

『BLEACH』第651話「The Theatre Suicide SCENE 5」の感想・考察

BLEACH 考察 ジャンプ 感想

こんばんは。ほあしです。

今週のBLEACHの感想です。

 

BLEACH』第651話「The Theatre Suicide SCENE 5」

 京楽が青年だった頃のワンシーンから始まりました。七緒の母親は、京楽の兄嫁、つまり義姉にあたる人物だったんですね。その娘である七緒は京楽の姪ということになります。「京楽は上級貴族の次男坊として生まれた」という設定は単行本のオマケページの中でかなり以前に紹介されていましたが、その設定がこういうかたちで活かされるとは思いませんでした。また、京楽の兄の家の庭先などでしょうか、回想の中にちらちらと「黒松」の木が描かれていますね。京楽の卍解の名は結局『枯松心中(読みについては二転三転しすぎているのでまだ不明瞭)』に落ち着いたようですが、「松の木」というのが京楽の原風景にあるのかもしれませんね。

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久保帯人BLEACH』18巻巻末)

 

 京楽たちを見失ったリジェは、頭部を円盤状にぐにゃりと拡げて索敵します。これを見てひとつ確信したんですが、リジェは完聖体を使い始めてから、どんどん人間のかたちから遠ざかるような変身を繰り返していますよね。これは、「”神の使い”であるリジェは、すでに肉体的制約から解放されて完全に霊的な存在になっちゃってるんですよ」ということを強調するための描写だったのだと私は思います。「物理的な攻撃が一切効かない」「たとえ首を切り落とされても死なない」という描写や、自分が「神の使い」であるということをリジェが繰り返し主張するのもその一環で、彼がもはや人間ではなく霊的な存在(=天使)になったのだということを印象付けたいのだと思います。そういう相手だからこそ、「神と対峙」するための剣であるところの『神剣・八鏡剣』が効力を持ちうるわけでしょうし。

 大きな光を生み出すことで影を消し去ってしまおうとするリジェでしたが、嘴の付け根に生じた小さな影から七緒が躍り出ます。入り口として用いた影が消えても、その内部の空間は残るんでしょうね。京楽はもう満足に動ける状態ではありませんから、おそらく影の中に留まって休んでいるのだと思います。

 

 七緒の出現から少しだけ時間を遡り、影の内部での会話が描かれます。

 やはり七緒は、『狂骨』が自分の斬魄刀だとは思ってもいなかったようですね。斬魄刀の名前や詳しい事情は分からないが、とにかく現在は京楽の預りになっている」という辺りだけを知っていたのだと思います。七緒の母は、夫が死んだあとは斬魄刀を京楽に預けて伊勢家へ戻ったため、本来伊勢家にあるべき「祭事に用いる斬魄刀の名を七緒は知らぬまま育ったのでしょう。自分の刀を渡してくれと言いながらそもそも刀の名前を知らなかったというのは、こういう理由によるのだと思います。

 「狂骨」は、七緒の斬魄刀を隠すために「花天」が産んだものらしいですから、元々一本の刀だったものが無理矢理二本に分かれたという感じだったのですね。『花天狂骨』の解号に「花」「天」という文字だけが含まれ、「狂骨」という語が浮いてしまっていたのはこのためだったのでしょう。

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久保帯人BLEACH』18巻157頁)

 また、「元々一本だった刀が二本に分かれた」という話は、〈破面篇〉で京楽と戦った第1十刃・スタークとリリネットに通ずるところがありますよね。

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久保帯人BLEACH』42巻60頁)

 「元々は一体の孤独な虚だったが、その孤独から逃れるために二つの体に分かれた」というのが彼らの生まれた経緯でした。内に秘めた思いは全く異なるものですが、『花天狂骨』の誕生に隠された秘密を、「二刀一対の斬魄刀」vs「二人で一人の破面という非常に分かりやすい対比構造で暗示していたのかもしれません。

 

 強烈な女系の一族である伊勢家は、一族に入った男性がことごとく早世する家系だったんですね。七緒の母は、「呪い」の元凶であると思われる伊勢の斬魄刀を京楽に預かってもらうことで呪いを終わらせ、自分の娘が幸せに暮らせるようにしたかったと。つまり、七緒が言った「母上との約束」というのは、「呪いが七緒に及ばぬよう、伊勢家の斬魄刀を隠しておくこと」というただ一点のみだったんですね。関心事は「呪い」に関することのみであって、娘が死神として戦いの中に身を置くかどうかとか、そういう意味での身の安全はあまり関係がなかったようです。尸魂界の貴族にとっては、死神になること自体は当然の前提なのかもしれません。従来の伊勢家の人間のように神官として生きるのであればその限りではないのかもしれませんが、それではそもそも「呪い」から逃れることなどできそうにありませんし。

 また、ここで描かれている七緒の母親が着ている着物は、いま京楽が羽織っている着物と同じものですね。彼女と京楽とは恋仲ではなかったわけですから、京楽としては、彼女との約束を忘れていないことを示すために、忠義立ての証のようなつもりで着ていたのでしょう。この着物の謂れをお花が知っていたらしいのも道理です。

 

 伊勢の斬魄刀を受け取ろうとする七緒の覚悟が、この戦いにおける〈訣別譚〉としてのハイライトになりそうですね。「血の繋がりは人を縛る”呪い”にもなりうる」という話は以前にも取り上げたことがありましたが、今回の京楽と七緒のエピソードはまさにこの辺りがテーマなのだと思います。

 伊勢家の血筋を絶やしてでも呪いを断ち切るつもりで京楽家に嫁いだ七緒の母と、逆にその呪いをあえて受け入れたうえで、笑い飛ばして生き延びてやろうと覚悟を決めた七緒との対比が印象的です。親や先祖から脈々と続く「自分のルーツ」を知ることで本当の力を得るに至り、それによって自らを縛る呪縛的なしがらみや依存心に別れを告げ、一個の人間として自立することこそが、〈千年血戦篇・訣別譚の最大のテーマなのだと思います。特に今回のような「親と子」の関係性については先日の涅親子のエピソードにもよく表れていたところですし、『斬月』を打ち直してもらうにあたって自らの出生の秘密を知らされた一護についても同様ですね。もちろん雨竜についても、今後同様のエピソードが描かれるに違いないと私は確信しています。

 

 七緒の覚悟(および好意の告白)を聞かされた京楽は、伊勢の斬魄刀を七緒に託します。この流れで刀を託したということは、七緒とともに生きようという決心を、京楽もまた固めたのでしょう。叔父と姪の恋人関係というのは血族関係的にはかなり危うい(少なくとも日本の戸籍法に照らせば完全にアウトな)ものなんですが、フィクションでの出来事を現実の法律に照らして考えること自体がまずバカバカしいですし、古今東西、貴族的な身分の家族にとって近親婚などさして珍しくもなかったわけですし、双方同意の上ですし、大した問題ではないかなと思います。個人的にはかなり好きな関係性です。

 

 単身でリジェと対峙することになった七緒が、伊勢の斬魄刀を解放します。伊勢の家長が代々受け継いでいるという特殊な斬魄刀ですから、通常の「始解」に必要とされる「対話」や「同調」などはあまり必要ないのではないかと思います。伊勢の血を継ぐものであれば無条件に扱えるし、そうでない者は何をどう頑張っても絶対に扱うことができない、そういうタイプの代物なのかなと。伊勢家の「呪い」を受け入れるということは、自分に流れる伊勢の「血脈」をも受け入れることと同義ですし。名も知らなかったはずの斬魄刀を七緒がいきなり扱えているのは、こういう理由からでしょう。

 

 また、この『神剣・八鏡剣』の名前の元ネタについてですが、まず間違いなく、三重県伊勢神宮に祀られている三種の神器のひとつ八咫鏡(やたのかがみ)」だと思われます。

 八咫鏡(やたのかがみ)は三種の神器の一つ。年代不詳。『古事記』では、八尺鏡(やたかがみ)と記されている。
八咫鏡は神宮にある御神体と、その御神体を象って作ったという皇居にあるレプリカの2つがある。

八咫鏡 - Wikipediaより引用)

 ここでいう「神宮」というのは、伊勢神宮の正式な呼び名です。伊勢神宮というのはあくまでも巷間での通称であって、正式名称は単に「神宮」とだけ言います。ここに、日本神話における太陽の神・天照大御神(あまてらすおおみかみ)の御神体として祀られているのが八咫鏡です。

 これを元ネタと考えると「伊勢家が女系の一族である」という設定についても説明が可能なんですよね。日本の古代から南北朝時代にかけて、天照大御神の巫女として伊勢神宮に奉仕した「斎宮」と呼ばれる皇族の女性がモチーフになっているものと考えられます。

 また、『神剣・八鏡剣』が「隠されていた」という事実自体が、天照大御神「岩戸隠れ」をモチーフにしているようにも見えてきますね。「天照大御神の御神体をモデルにした斬魄刀が、暗い影の奥に隠されていた」のですから、これは岩戸隠れそのものではないでしょうか。いずれにせよ、京楽による『神剣・八鏡剣』の説明の中にはご丁寧に「鳥居」まで描かれていることから、神道にまつわる話がモチーフになっていることはもはや疑いようがないでしょう。そもそも「伊勢」という家名そのものがあまりにも明示的です。

 さらに、天照大御神太陽の神であることも個人的には見落せません。死神や尸魂界を象徴するモチーフの一つに「太陽」がある、という話を以前書きましたが、元柳斎亡きあとの護廷十三隊にもしっかりと「太陽」のモチーフが残っていることがこれで分かったわけですから。

 

 『神剣・八鏡剣』が具体的にどんな力を持っているのかは次回(土曜日ですね)のお楽しみですが、京楽の説明を読む限り、おそらく現状のリジェに対してこれ以上相性の良い能力は無いというくらい覿面に効果的なものなのだろうと思います。

 

 今週の感想は以上です。

 ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。

 それでは。