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『BLEACH』を愛して止まない男・ほあしが漫画の話をします。当ブログに掲載されている記事の無断転載を固く禁じます。寄稿のご依頼などはhoahoahoashi@gmail.comまでどうぞ。

『BLEACH』第647話「THE THEATRE SUICIDE」の感想・考察

こんばんは。ほあしです。

今週のBLEACHの感想です。

 

BLEACH』第647話「THE THEATRE SUICIDE」

 右肩と左脇腹を撃ち抜かれて逃げ惑う京楽。先週の最後のコマを見た限りでは、頭部への射撃は笠に当たっただけで済んだようですね。リジェは空間転移じみた移動ができるらしく、逃げても埒が明きません。防御不能の貫通攻撃&攻撃無効&空間転移はちょっとズルすぎますね…。鬼道も貫通するみたいですから、基本的には無敵っぽいです。さすがは「親衛隊」の聖文字能力、非常識な強力さです。

 

 今週のタイトルは「THE THEATRE SUICIDE」です。訳としては「心中物」「心中演劇」といった感じでしょうか。明らかに京楽の卍解の名に寄せたタイトルですね。「劇場」「演劇」を意味する”theatre”という語をわざわざ採用しているあたり、彼の卍解が心中物の演劇を題材にしていることは間違いないと思います。

 

 場面が変わって、先を急ぐ平子たちの眼前にジェラルド・ヴァルキリーが飛来します。彼は『真世界城』を出発した直後から道に迷っていましたが、敵の存在を察知してその方向へ直行すれば道なんて関係ないんですね。「僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る」を物理的に実践してしまう究極の脳筋です。

 そしてジェラルドは隊長格全員を一度に相手取るつもりのようです。凄まじい自信ですね。自身の聖文字と同じ『奇跡(the Miracle)』という語をわざわざ引き合いに出しているくらいですから、たぶん出し惜しみはしないのではないでしょうか。そもそも手加減などができそうにも見えませんし。彼の聖文字能力は未だに全く謎のままですが、「奇跡」というのは、キリスト教的には大変重要な概念なんですよね。キリスト教では「神の恩寵によって起きたとされる不思議な現象」を「奇跡」と呼ぶ(ただし「奇跡」として認定されるにはきわめて厳しい審議が課される)わけですが、彼の能力もそこにヒントがあるのかもしれません。あとは北欧神話の戦乙女「ヴァルキリー」をモチーフにしているらしいことがどの程度活かされるのかというくらいでしょうか。

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久保帯人BLEACH』66巻140頁)

 いまジェラルドと遭遇しているメンバーのなかでは、浦原か平子・雛森あたりが活躍してくれそうかなと思います。恋次ルキアはここまでの時点でしっかり戦い、『双王蛇尾丸』や『白霞罸』を披露してくれていますから、大きな焦点が当たるのはそれ以外の誰かになるのかなと。ただ、『奇跡』という能力名からして超ド級の最強能力っぽい雰囲気がすごく漂っていますから、いまいる隊長格らがまとめて全滅なんて展開も普通にあり得るだろうと思います。「親衛隊」の聖文字能力はすべて即死級のものばかりでしたから、それこそ「神の恩寵によって”敵がただちに死に至る”という奇跡を起こす」くらいの能力すらあり得るかなと。

 

 リジェには鬼道も通じないことが分かっていよいよ進退窮まった京楽が、ついに卍解『花天狂骨黒松心中』を解放します。まだ能力の詳細もよく分かりませんがちょっと格好良すぎてヤバいやつですねこれは…。最初に自分たちが降り立った地点辺りまで戻ってきたことで、他の者を巻き込む心配がないと判断したようです。浮竹には「人目につく場所で使うもんじゃない」とも言われていた卍解ですが、そういうのとは別の意味で、始解と同じく「周囲にいる者を無差別に巻き込んでしまう」という性質があるのでしょう。平子たちへの伝令を終えた七緒が京楽の許へ引き返しているところですが、大丈夫なんでしょうか。京楽から伸びる「影」が松の木のような形をとっていますから、これが「黒松」ですね。「心中」という名前と今週のタイトルから察するに、歌舞伎や文楽(いわゆる人形浄瑠璃)における「心中物」の演劇をモチーフにした能力なのだと思われます。たしかに、あまり人前でホイホイ見せていいような代物では無さそうな雰囲気があります。

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久保帯人BLEACH』42巻90頁)

 

 黒松というのは、歌舞伎などの舞台後方に置かれる羽目板(はめいた)によく描かれている植物ですね松羽目 - Google 検索。黒松の木が描かれた羽目板のことを特に「松羽目(まつばめ)」と呼び、能や狂言から原作を得た演目を上演する際にしばしば用いられます。京楽から伸びた影が黒松の図像を描き出しているのは、影による「松羽目」を出現させることで彼の周囲一帯を心中芝居の舞台に変えてしまうということなのかもしれません。名前の元ネタに日本の古典芸能がある卍解は、白哉の『千本桜景厳』に次いでふたつめですね(歌舞伎・浄瑠璃の演目『義経千本桜』が元ネタです)。だからなんだということもないのですが。

 

 また、卍解の瞬間、京楽の背中にしなだれかかる人影が現れていますね。日本髪を結った女性のように見えます。これが心中の「相手役」なのでしょうか。そう考えると、京楽が日頃から身に着けている笠や女性用の帯や着物は、この女性の人影が着るためのものだったりするのかもしれませんね。

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久保帯人BLEACH』18巻巻末)

 始解である『花天狂骨』が「子供の遊びを現実にする」能力だったことを踏まえると、『花天狂骨黒松心中』の能力は「芝居(虚構)を現実にする」みたいな能力なのかなと考えられそうです。能力のディテールについてはまだ分かりませんが、「心中」と言うからには、何らかのかたちで「道連れにする」的な要素がある能力なんだろうなと思います。とはいえ、ただ単純に「京楽が相手を道連れにして死ぬ」というだけではちょっと芸がないですし、「相手役」らしき人影が現れている意味も分からなくなりますから、あの「相手役」がどんな役割を持っているのかによって色んなパターンが考えられそうです。そもそも「相手を道連れにして死ぬ」的な能力だった場合、「浮竹は京楽の卍解を見たことがあるらしい」という描写自体と整合が取れなくなりますし。

 一番シンプルなのは「敵を相手役の人影と心中させて殺す」みたいなことでしょうか。「相手役」と敵とを文楽人形よろしく京楽が操って無理矢理心中させるとか、あるいは敵が「相手役」と心中していくのを京楽自身は観客としてただ眺めるだけ、みたいな。卍解にふさわしい強力さですし、「人目につく場所で使うもんじゃない」と言われるには十分すぎるくらい陰惨かつ悪趣味ですし。

 また、「心中物」といえばやはり近世の劇作家である近松門左衛門が最初に思い浮かびますが、彼の書いた『曽根崎心中』や『心中天網島』などの作品とも何か関連を持たせた能力なのかもしれませんね。いずれも古典の名作ですから、気になる人はぜひ一度観てみるとよいかと思います。ここで挙げた二作は映画にもなっていますから、比較的気軽に鑑賞できるかと思います。面白いですよ、浄瑠璃

 

 今週の感想は以上です。

 ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。

 それでは。