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Black and White

『BLEACH』を愛して止まない男・ほあしが漫画の話をします。当ブログに掲載されている記事の無断転載を固く禁じます。寄稿のご依頼などはhoahoahoashi@gmail.comまでどうぞ。

『BLEACH』第644話「BABY,HOLD YOUR HAND 七[Never Ending My Dream]」の感想・考察

こんばんは。ほあしです。

今週のBLEACHの感想です。

 

BLEACH』第644話「BABY,HOLD YOUR HAND 七[Never Ending My Dream]」

 涅親子vsペルニダ戦、ついに決着したようですね。細胞分裂の暴走による自滅のなかでは再生もできない(あるいは再生したそばからまた自滅していく)ということでしょうか。事実上、涅の技術力が「神」を凌いだのだと言えそうです。あるいはそもそも霊王自体が「神」たりうるなど存在ではなかったか。さすがは「神を否定する者」といったところでしょうか。ただ、ペルニダが消滅してしまったため、「霊王の左腕」がユーハバッハに従っていた経緯などについてはすべて謎のままですね。まあ、仮にペルニダから何かが語られていたとしても、それを鵜呑みにはできなかっただろうと思います。ペルニダはとにかく正体から自我のあり様まで含めて謎が多すぎるので、そもそもその発言に信用が置けないんですよね。

 

 ペルニダのことは一旦措いておくとしましょう。涅の指示に従って一角と弓親が「肉体保護瓶」を開けると、ジジにゾンビ化させられていた日番谷乱菊がいました。やはり涅は、ジジのゾンビ化解除の施術を行なっていたんですね。日番谷は死ぬ前にゾンビ化された」という情報はジジ本人にも確認していましたから、ゾンビ化を解除すれば本来の「生きた状態」に戻せると判断していたのでしょう。また、地上で浦原が隊長格らを召集して情報の整理を行なったとき、「十番隊だけは隊長・副隊長共に一切連絡がついていません」という言葉とともに、涅親子の様子が一コマだけ描かれていました。やはりこれは日番谷らに対する施術の光景だったのですね。外装が若干異なるものの、肉体保護瓶らしきものが描かれています。

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久保帯人BLEACH』66巻17頁)

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久保帯人BLEACH』68巻19~20頁)

 ただ、この状況を見るに、ローズと拳西の蘇生はできなかったと見るべきなのかもしれません。彼らはジジのゾンビ化よりも前に、グレミィの『夢想家(the Visionary)』によって死亡させられていましたから、たとえゾンビ化を解除できたとしても死体に戻るだけなのではないかと思います。

 

 思えば、日番谷がジジのゾンビとして登場した当初は、日番谷がこんなにひどい目に遭わされているのは、久保先生が日番谷のことを嫌いだからに違いない」という、作家への愚弄としか思えないような感想がそれなりに見受けられていました(いまもまだ見受けられますが)。私としては、こうした考え方は、『BLEACH』という作品全体を見渡してみれば明らかに破綻しているとしか言いようがありません。

 本作品における日番谷冬獅郎というキャラクターの愛され方は、サブキャラとしてはどう見ても破格のものです。本編中での活躍の機会は数え始めればキリがありませんし、いくつか存在する『BLEACH』番外編のなかには、日番谷のキャラ掘り下げに焦点を絞ったエピソードが二本も存在しています(メインとしてでなくサブキャラとしてであれば、番外編への登場回数そのものはさらに増えます)。

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久保帯人BLEACH』20巻7,9,11頁)

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久保帯人BLEACH』32巻作者コメント,169,176,186~189頁)

 「久保先生は日番谷冬獅郎というキャラクターを嫌っている」「久保先生は、嫌いなキャラクターを作品中でわざとひどい目に合わせて個人的な溜飲を下げようとする作家である」という二つの仮定を置いた場合、いま紹介したような、日番谷のキャラクターとしての奥行きを豊かに見せるような短編をわざわざ描くこと自体、説明がつかないと思います。久保先生が日番谷のことを嫌っていて、かつ嫌いなキャラの格をわざと下げよう下げようと考えているのであれば、どうしてこんなにかっこ良く、情感にあふれた演出でもって日番谷を描いているのでしょうか。

 そもそもの話として、本当に久保先生がこういう考え方のもとで日番谷をゾンビ化させて戦線から離脱させたのだとすれば、なぜ今週わざわざ復活などさせたのでしょうか。ますます説明がつきません。このような「作家の悪意」を前提にした信念は、やはり破綻しているとしか私には思えません。

 

閑話休題

 

 涅は、日番谷と一角・弓親らからそれぞれ感謝の言葉を贈られていますね。ゾンビ化していた最中の記憶が日番谷の中に残っているのかは分かりませんが、どちらにしても、プライドの高い日番谷がこう素直に礼を言うのはなかなか珍しいことだと思います。白哉などは「涅 骸部隊」について「弄ぶような真似」と言って非難したりもしていましたが、事後承諾とはいえ、本人が良しとしているのならそれで良いのではないかなと思います。

 また、保護瓶の中に横たわる涅と、それに跪いて礼を述べる一角らのこの絵、すごくイイですよね…。「日頃は必ずしも好ましい印象を持っていなかった人物に自分の大切な人物や品物などを守ってもらって、そのことについて最大級の感謝を惜しみなく表明する」みたいな流れが個人的にすごく好きなんです。しかも今回は、戦いの最中でも自分の個人的なこだわりやプライドを優先する自分勝手な面を持つ一角と弓親が、わざわざ跪いて頭を垂れたうえで礼を述べているわけです。彼らがどれほど涅に感謝しているのかが知れようというものですよね。

 それと同時に、涅がこれらの謝辞に対してことさら得意がったり嫌そうな顔をしたりせず、いたって平静なままでいるというのもすごくイイと思うんです。日番谷らの蘇生にしても剣八を護ったことにしても、涅にとってはただ戦いのなかで必要なこと・自分がやれることを当たり前にやっただけであって、それはことさら他人に誇ったりするほど立派なことだとは考えていないっぽいんですよね。そして一角らはまさにその「涅にとっては当たり前の行為」にこそ感謝しているわけです。「自分がよかれと思うように行動していたらいつの間にか仲間を護ることに繋がっていた」というきわめてヒロイックな結果を、あの涅マユリがもたらしたというのがすごくカッコいいと思うんです。

 そして保護瓶のフタが閉じられてゆくときの涅は、胸元に抱いたネムのことしかほとんど頭にないんですね。自ら考え進化してゆく魂魄を無から創り上げることができたという達成感と、あの浦原をも凌駕したのだという優越感とで満たされています。やがて涅が眠りについたとき、涅に寄り添うようにして、ネムの幻影が現れます。

 

 今週のタイトルは「BABY,HOLD YOUR HAND 七[Never Ending My Dream]」です。直訳すれば「終わりのない我が夢」ですね。タイトルの番号をここで漢数字に変えているというのが本当に最高すぎます。涅がネムの大脳に語りかけていたり、ネムの幻影が現れたりしていることからも読み取れますが、あのネムの大脳はまだ「生きている」んですね。涅の「夢」そのものが形になった『眠七號』の命はまだ終わってなどおらず、これからも涅を夢のような世界に居させてくれるだろうことを予感させるタイトルです。また、”Never Ending”という言葉は、涅の夢がまだ終わっていないということを示すと同時に、ネムが永遠の生命を持っている(=「完璧な生命」である)ことをも示唆しているように見えます(事実上はどちらもほとんど同じことなんですが)。実際、少なくとも涅が生きている限りは、たとえネムが死んだとしても彼は必ず蘇らせるでしょうから、そういう意味では「ネムは永遠に生き続けられる」と言えなくもないわけですし。

 

 場面が変わって、浦原・京楽ら率いる護廷十三隊の本隊へ。「涅のことだからどうせ大丈夫だろう」という圧倒的な信頼感に思わず笑ってしまいました。リジェの遠距離からの狙撃によって、副隊長らの多くが行軍から脱落してしまったようです。ただ、今週顔や名前が出てきた浦原・京楽・七緒・ルキア恋次・平子・雛森の7人以外にも、少なくともあと3人くらいは生き残っているものと考えられます。なぜなら、リジェが「どこから狙われているかもわからないのに」と言っているコマには、少なくとも10人分の人影が描かれていることが確認できるからです。残りが具体的に誰なのかまではわかりませんが。

 

 「敵がどこから襲ってくるかわからないことに対する恐怖」をリジェは語っています。狙撃手だからこそ、そういう恐怖心をよく心得ているのでしょう。「戦いにまつわる恐怖」というテーマについてここで語られ始めたということは、やはり檜佐木の出番が近いのではないかと私は思います。このテーマは、これまでほとんど一貫して東仙と檜佐木の師弟を軸にして語られてきたものです。もちろん、『恐怖(the Fear)』の使い手エス・ノトとルキアの戦いなどのように、東仙・檜佐木とは直接関わりのないところで「恐怖」について描かれたシーンも存在するのですが。先日発売されたBLEACHの公式ファンブック『BLEACH 13 BLADEs.』に収められた短編でも、檜佐木が抱える恐怖心について語られていました。

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久保帯人BLEACH』17巻146~149頁)

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久保帯人BLEACH』38巻65~66頁)

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久保帯人BLEACH』44巻145~147頁)

今回、「戦いにまつわる恐怖」というテーマがリジェの口から非常にわかりやすく提示されたのは、檜佐木とリジェのマッチメイクを意識してのことではないかなと思うんです。もちろん、このままドロップアウトという可能性も十分考えられますが…。

 

 反撃の糸口を掴むべく振り返り立ち止まった京楽ですが、リジェの狙撃を胸に受けて倒れます。にもかかわらず、無傷の京楽が突然リジェの背後に現れます。京楽が無傷のままなのは、「だぁるまさんがこぉろんだ」というフレーズからも明らかなように、『花天狂骨』の「童の遊びを現実にする」能力を行使した結果でしょう。「だるまさんがころんだ」のルールと照らしあわせて今回の『花天狂骨』のルールを考えると、おそらく「動きを止めているときに受けた攻撃は無効化される(=鬼が振り返っているときに子が動かなければセーフ)とか「相手が自分を見ているときに与えた攻撃は無効化される(=鬼が振り返っているときに子が動いたらアウト)とか、そういう感じなのかなと思います。だからこそ、「立ち止まった状態」「リジェの攻撃の瞬間を目視で確認していた」京楽は、負傷せずに済んだのではないかなと思います。まあ来週にはルールが明かされるでしょう。

 京楽の不意討ちによってリジェの狙撃銃は破壊できましたが、果たしてそれだけでリジェを止められるのでしょうか。そもそも「『万物貫通(the X-axis)』の発動にはあの銃が絶対に必要である」などと明言したことはありませんから、あの銃が無くとも普通に『万物貫通』を連発してくる可能性もありそうです。そうなると、身軽になった分だけむしろより手強くなってしまうという展開すらあるかもしれませんね。来週が楽しみです。


今週の感想は以上です。

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。

それでは。