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Black and White

『BLEACH』を愛して止まない男・ほあしが漫画の話をします。当ブログに掲載されている記事の無断転載を固く禁じます。寄稿のご依頼などはhoahoahoashi@gmail.comまでどうぞ。

『BLEACH』第639話「BABY,HOLD YOUR HAND 2」の感想・考察

こんばんは。ほあしです。

今週の『BLEACH』の感想です。

 

BLEACH』第639話「BABY,HOLD YOUR HAND 2」

 ペルニダの神経による攻撃を、右腕の筋肉・骨格・神経を組み変えることで切り抜けたところからですね。「久しく”片腕手術”をしていなかった」と言っていますから、前回披露した左腕のマジックハンドはそれほど最近準備したものでもないのかもしれません。それにしても、涅がこんなにわかりやすく追い詰められているのは本当に珍しいですよね。まともな知性・悟性を持っているのかすら不確かなペルニダにまで煽られている始末ですから、本当に「彼らしくない」ように見えます。

 切断されたペルニダの小指から新たな手指が再生し、涅に襲いかかります。自ら中指を引きちぎって手勢を増やそうとするのはさすがにどうなんだと思わないでもありませんが、そもそもが腕一本で動き回っているような奴ですから、その辺はあまり気にしても仕方ないのかもしれませんね。中指から垂れた血液が眼に入って痛がるうっかり屋さんのペルニダはすごくかわいいですが。

 

 若き日の涅が書物のなかで目にした「霊王の右手は”静止”、左手は”前進”を司る」という記述は、これまでに描かれてきた右腕と左腕の様子を見るとなんとなく理解できるような気はしますよね。

 「ミミハギ様」という名の神として祀られていた「霊王の右腕」は、肺病によって瀕死の状態にあった幼い浮竹の肉体を瀕死の状態のまま「静止」させることで死への歩みを止めさせ、浮竹の命を永らえさせたのではないか、そんなふうに考えることができそうです。そうして瀕死状態のままで留め置かれたからこそ、浮竹は病が癒えることなく病弱なまま生き続けたのではないかと思います。

 また、「ペルニダ・パルンカジャス」という名を自称してユーハバッハに付き従っている「霊王の左腕」は、どれだけバラバラにされても活動を決して止めず、腕一本とは思えないほど活動的・生命的・積極的な戦いぶりを見せています。ちぎれた指が死ぬことなく再生して新たに活動を始めるというのもまさしく「前進」的というか、前向きというか、少なくとも「静止」という概念の対極にあるような振舞いだと思うんです。そういう意味で、これら「霊王の腕」たちは、その権能を体現するかのような振舞いをこれまでに見せてくれているのではないかなと、そう思います。

 また、「静止」「前進という言葉からは、直感的には「物体の移動」に関連する権能であるという印象を受けます。これ、捉えようによっては、以前にユーハバッハが少しだけ話していた「霊王の役割」に関わるもののようにも見えるんですよね。

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久保帯人BLEACH』68巻70頁)

 ここでいう「停止」「前進という権能が、霊王の役割であるらしい「世界の魂魄運行の調整」のためのものであるという可能性はそれなりにあると思うのです。世界を巡る魂魄の運行を、ときに右手でせき止め、ときに左手で進めることで全体のバランスを調整する、というふうに。「神の見えざる手」と言うと少し意味合いが違うかもしれませんが、これはまさしく「世界の楔」「神」と称されるに相応しいありさまではないかと思います。

 

 今週のタイトルは「BABY,HOLD YOUR HAND 2」です。前々回のタイトルを継承したものですね。ペルニダと涅の戦闘は基本的にこのタイトルで進めていくよということでしょうか。

 

 涅の『改造卍解こと、『金色疋殺地蔵 魔胎伏印症体』が披露されました。涅が得た敵の情報を反映して、それに対応できるような仕様にカスタマイズされた『金色疋殺地蔵』を産み落とすという無茶苦茶な代物のようです。もはや科学技術の暴力といいますか、「技術力にものを言わせた何でもあり戦法」もここに極まったなという感がありますね。とはいえ、敵の情報をリアルタイムに反映して斬魄刀能力を構築できるというのはこれ以上ないほど強力ですから、戦闘行為への適性はきわめて高い能力であると言えそうです。一方的な後出しジャンケンができるに等しいですからね。

 実際に産み落とされた『金色疋殺地蔵』も、たしかにペルニダの『強制執行』を無力化することにのみ特化した能力になっていますね。逆に言えば、おそらくペルニダ以外の相手にはほとんど何の役にも立たないであろう残念すぎる仕様だとも言えます。まあ無力化といっても、「神経を折り畳む作業を七万回繰り返さなければ倒せないようにする」という完全な物量作戦によって圧殺しているだけですから、これもやはり科学技術の暴力です。しかし、この戦法って、いわゆる電子パスワードによるセキュリティと考え方は同じなんですよね。文字の順列組み合わせによる膨大な正解パターンを用意することで、総当たり攻撃(いわゆるブルートフォースアタック)による強行突破を事実上不可能にするという手法ですから。その意味では、涅の技術者気質が大いに反映された発想と言えるかもしれません。

 また、今回産み落とされた『金色疋殺地蔵』の能力は、あくまでも「『強制執行』の無力化」を目的としていて、「ペルニダの殺害」は意図していないらしいんですよね。卍解を解放した瞬間の涅が弓親に対して「毒殺だって? そんな勿体無い事するものかネ」と応えていることからも、殺害の意図がないことは明らかでしょう。おそらく、無力化したのちに『金色疋殺地蔵』で丸呑みにすることで、実験材料として安全に持ち帰ろうという魂胆なのだと思います。思えば、ザエルアポロとの戦いにおいても、涅は卍解を用いて相手を丸呑みにしたことがありましたね。あの時の涅も、ザエルアポロ本人を実験材料として持ち帰ろうという主旨の発言をしていましたから、そういう使用法がそもそも織り込み済みになっている卍解なのかもしれませんね。

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久保帯人BLEACH』34巻74~75,186頁)

 

 為す術もなく丸呑みにされてゆくペルニダと、勝利を確信したらしい涅。一段落ついたように見える戦況を何とも言えない表情で見つめるネムにクローズアップして、今週は幕です。この戦いが始まった当初から、ネムは涅の振舞いについて何らかの懸念を抱いていたようですから、彼女の不安げな視線がどういう意味をはらんでいるのかは非常に気になるところです。

『BLEACH』第637話「BABY,HOLD YOUR HAND」の感想・考察 - Black and White

 

 ところで、今回登場した涅の改造卍解の名前について、個人的に大変気になるところがあります。『金色疋殺地蔵 魔胎伏印症体(またいふくいんしょうたい)』というこの名前ですが、どう考えても新約聖書の一部として知られる「マタイ福音書(またいふくいんしょ)」のもじりとしか思えないんです。もじりというか、文字列としては完全に一致していますから、ただの偶然の一致だけでこういうことは起こらないと思うんです。

 では、こういう命名がなされたのはいったい何故なのだろうと考えてみると、やはり今回披露された卍解の能力がマタイ福音書の内容と呼応しているからではないかと思うんです。何の関係もゆかりも無いものにあやかった名前など、付ける理由がありませんから。その前提でマタイ福音書の内容に当たってみると、やはり聖母マリア処女懐胎(いわゆる「受胎告知」)」のくだりが最も関係が深そうに思われます。「処女マリアが聖霊によって身籠ったことを天から告げられる」という、キリスト教神話のなかでもきわめて有名な一節です。

 『魔胎伏印症体』の能力を見てみると、あの浅黒い肌の太った人間(のようなもの)が『金色疋殺地蔵』を身籠るのは、涅から送られてきた戦闘情報によることであって、何者かと性交を行なったがゆえのことではありません。誰とも交わることなく子を身籠るという、「受胎告知」にほぼ等しい状況が擬似的に再現されているわけです。「マタイ福音書」にあやかったネーミングの理由は、こういうことではないかなと私は思います。

 

 また、「受胎告知」といえば、ザエルアポロが用いた奥の手『受胎告知(ガブリエール)』が思い出されますよね。涅はこれを参考にして『魔胎伏印症体』を造り上げたという可能性も大いにあると思います。

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久保帯人BLEACH』34巻191頁)

 今回の戦いの内容が〈破面篇〉におけるザエルアポロ戦のリフレインになっているというのはほぼ間違いないことだと思います。擬似的な不死の能力を持っていることで自身を「完璧な生命」であると主張するザエルアポロ(そもそも『受胎告知』という能力名からして、自分自身を「神」同然と見做しているとしか思えません)と、事実として「神」の肉体の一部であり、無尽蔵の再生を繰り返す「霊王の左腕」ペルニダ、これらの敵に対して涅が「神を否定する科学者」という立場から挑む、という構図です。こうした涅の役割については以下の記事でも触れたことがありましたね。

『BLEACH』第623話「Against the Judgement」の感想・考察 - Black and White

『BLEACH』第637話「BABY,HOLD YOUR HAND」の感想・考察 - Black and White

 

 ただ、今回登場した『魔胎伏印症体』は、きわめて多くの符合が見られるザエルアポロ戦とペルニダ戦のあいだに、ある種の「相違点」を与えるもののようにも見えるんです。

 その「相違点」というのは、「受胎告知」「処女懐胎」というキーワードの参照元の違いです。

 今回のペルニダ戦で『魔胎伏印症体』が見せている「処女懐胎」については、先に述べたように「マタイ福音書」からの引用であると考えてよいと思います。この命名自体がそれを雄弁に物語っています。

 しかし、ザエルアポロが見せた『受胎告知(ガブリエール)』については、「マタイ」ではなく「ルカ福音書からの引用と考えるべきだと思うのです。というのも、新約聖書における「受胎告知」の記述そのものは「マタイ」及び「ルカ」というふたつの福音書に存在するのですが、「天使ガブリエルによって告げられた」と記述しているのは「ルカ」のみだからです。「マタイ」のほうに、「ガブリエル」という天使の名は登場しません。

 一応、「マタイ」及び「ルカ」のなかで「受胎告知」について記述している箇所を以下に示しておきます。ここに全て引用してしまおうかとも思ったのですが、それなりに大きな文量になってしまうのでやめにしました。興味のある方はぜひ一度読んで確かめてみてください。

 

マタイ福音書該当箇所:第1章18節~25節

マタイによる福音書(口語訳) - Wikisource

ルカ福音書該当箇所:第1章26節~38節

ルカによる福音書(口語訳) - Wikisource

 

 ともかく、以上の理由から、ザエルアポロ及びペルニダとの戦いはどちらも新約聖書の「受胎告知」を題材にして描いているものの、その引用元が実は微妙に異なっているのではないかとわたしは思います。ただし、このことが『BLEACH』という作品の表現上どのような意味合いを持っているのかについては、現時点ではまだ何とも判断がつきませんから、「保留」とするほかありません。今後の展開(というか、物語の最終的な結末)までしっかり見届けてから判断すべきことだと思います。

 〈千年血戦篇〉がキリスト教神話を下敷きにしているようだという話は以前から繰り返し述べてきましたが、いよいよ聖書の詳細な記述と本腰入れて向き合う必要が出てきたのかもしれません。はっきり言って聖書研究なんてほとんど触れたことのない分野ですが、本当に必要そうならやるしかありませんね……。

 

 今週の感想は以上です。

 ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。

 それでは。